HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

PSYCHO-PASS season 2,3 (ネタバレあり)

Season 1があまりにすばらしかったので、期待値は高かった。見ている最中は楽しめたのだが、終わってみるとSeason 1の問題意識を必ずしも展開できていないのではないだろうか?

hpo.hatenablog.com

まずは、復習から。この世界観にまずしびれる。

物語の開始は西暦2112年。作中での世界は2020年頃から始まった新自由主義経済の歪みによる貧富の差の拡大から、世界的な倫理道徳感の崩壊を招き、紛争・犯罪の激化による政情不安のため政府や国の崩壊が起こったという設定になっている。この間、メタンハイドレート開発によるエネルギー自給と、遺伝子強化された小麦・ハイパーオーツの普及による食糧の自給の道を見出した日本は[71][8]、海外の紛争の余波を食い止めるため、シビュラシステムによる判断とされる鎖国を開始し、他国からの違法入国を水際で防ぐために国境や周辺海域に武装ドローンを配備し、世界で唯一と言える平和な国となっている[8]。そして国をあげて食料自給に力を注ぎ、国内経済の立て直しを図り、企業の国営化と大量の失業者支援のための「職業適性考査」を行う。この「職業適性考査」がやがて発展し、シビュラシステムへの開発とつながり、さらなる進化と試行期間を経て、2070年頃には社会システムの隅々までを包括的に管理するために本格的に社会へ導入された。この頃には食料自給も確立。経済成長と社会安定に成功し、世界で唯一の法治国家としての体裁を成すに至った[71]。

PSYCHO-PASS - Wikipedia

そして、物語の中核をなすののはこの日本の繁栄の基となっているシビュラシステムの是非だと私は受け止めている。

シビュラシステム
物語開始の30年ほど前に導入された[102]、サイマティックスキャンによって計測した生体力場から市民の精神状態を科学的に分析し、そこから得られるデータをサイコパスとして数値化したあと、導かれた深層心理から職業適性や欲求実現のための手段などを提供する、包括的生涯福祉支援システム。この時代の厚生省が管轄しており、運用理念は「成しうる者が為すべきを為す。これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である。」システムは常時サイコパスや職業適性の判定など、膨大なタスクを行っている。多くの市民には肯定的に受け入れられているが[101][13]、不満を抱いてシステムの打倒を目指し、レジスタンスとして反社会活動を行う者も現れている[52]。

PSYCHO-PASS - Wikipedia

「健康健全であること」が国民の義務となるという意味では伊藤計劃の「ハーモニー」に通ずるのかもしれない。

hpo.hatenablog.com

ハーモニー

ハーモニー

  • 発売日: 2017/04/22
  • メディア: Prime Video

Season 1で私に突き刺さったのは、最もよくシステムに反抗するものが最もよくシステムの改善、維持を行いうるという見解だ。

少なくともシーズン1のストーリーは私が「悲しきフーガ」と読んでいる70年代(多分)のSF作品の影響を受けている。私が思い出して書いたプロットがつい2年前のものなので実証性はないが、同様の社会、同様の社会を安定させる「公安」の体制を描いている。

PSYCHO-PASS season 1 - HPO機密日誌

hpo.hatenablog.com

槙島聖護や、常守朱のような最も痛烈に体制を批判し、解体を求める人物を受け入れる「システム」こそが反脆弱性を持ち、常に自らを更新しうる。しかし、Season 2は「集合体としての人格」、Season 3は「企業複合体と体制」の問題を扱っている。これは、体制と国民という関係性の上で議論されるべき問題ではあるが、非公式で暗く、曖昧な部分を残さざるをえない柔軟性とは違う問題であるように思える。特に、Season 2でシビュラシステム自体が自分たちの構成員の内の犯罪者を粛清するシーンは明らかにSeason 1のテーゼと矛盾するように思える。更に、Season 3において民間セクターを含む複合経済体であるビフロストが解体され、シビュラの管轄に置かれてしまう。「国」の執行体としてのシビュラは柔軟性を持った永続性がなければならない。だからこそ、常に犯罪者すらも自らに取り込まなければ柔軟性が失われる。しかし、集合体としての個人も、複合体としての企業も、死や解散、倒産等のリスクにさらされ常に新陳代謝を繰り返すからこそ生き生きとして生きていける。競争力が維持できる。

べき分布のグラフを見ていると運命論的に、強いもの大きいものの「winner takes all」な状況は固体化されてしまっているように感じるが実は違う。常に小さきものの中から独自性をもった大きなものへの運動が起こり続け、強いもの大きいもの少ないものが倒されていく中で均衡をとっている。倒されるときにサイバーカスケードが起こる。それは、あたかも、極小から極大へ向かい、極大の中に次の極小がの種が埋め込まれている大極のごとくだ。

小さきもの、弱きものへの慈悲 - HPO機密日誌

1から3の物語においてまさに対極の白と黒になにを当てはめるべきなのか。1ではシビュラと槙島聖護、シビュラと常守朱か。2ではシビュラと鹿矛囲桐斗、鹿矛囲桐斗と常守朱。3ではシビュラとビフロスト、あといくつかのペアがありそうだ。

国家と個人との倫理の違いはジェイン・ジェイコブズマルチレベル選択の問題で語り尽くされているように私には思える。

道徳的に完全な人間 正反対の人間
愛情深い 貪欲
誠実 残忍
勇敢 利己的
寛大 人を騙そうとする
自己本位でない 人を操る
忠実 思いやりに欠ける

これらのリストはジェイン・ジェイコブズの「統治の倫理、市場の倫理」を私に思い起こさせる。

hpo.hatenablog.com

統治の倫理 市場の倫理
・取引を避けよ ・暴力をしめだせ
・勇敢であれ ・自発的に合意せよ
・規律遵守 ・正直たれ
・伝統堅持 ・他人や外国人とも気やすく協力せよ
・位階尊重 ・競争せよ
・忠実たれ ・契約尊重
・復讐せよ ・創意工夫の発揮
・目的のためには欺け ・新奇・発明を取り入れよ
・余暇を豊かに使え ・効率を高めよ
・見栄を張れ ・快適と便利さの向上
・気前よく施せ ・目的のために異説を唱えよ
・排他的であれ ・生産的目的に投資せよ
・剛毅たれ ・勤勉なれ
・運命甘受 ・節倹たれ
・名誉を尊べ ・楽観せよ
マルチレベル選択とジェイン・ジェイコブズ - HPO機密日誌