二十二年前、ブログを始めてまもないころに「距離、時間、そして統治と戦争」という記事を書いた。
距離、時間、そして統治と戦争: HPO:個人的な意見 ココログ版
十年後の2013年の暮れに、「ふたたび」として一度まとめ直している。
最近、AIを使ってココログとはてなの二つのブログにあわせて七千本あまり書き散らしてきたものをObsidianに読み込まして、見直す機会があった。見直してみると、この記事が自分の考えの最初の結び目だったことがよくわかる。ここからべき乗則に入り、歴史を読み直し、統治することの意味を考えてきた。今回、三度目の正直として、その後に見えたことを踏まえて書き直してみたい。
2004年の直観
当時書いたことを一言で言えば、こうなる。
> 個体と個体の単位時間あたりの距離が問題なのだ。離れた個体の間の移動手段と通信手段が問題なのだ。
単細胞生物が食い合いから共存へ進化したことから、部族、都市国家、ローマ帝国、十字軍、絶対王政、EUにいたるまで、移動と通信の速さが、統治できる単位の大きさと、戦争の範囲を決めてきた。そしてネットがその距離をほぼゼロにする。つながればつながるほど戦争は割に合わなくなる。だから最後に「『つながりたい』という個体と個体との間の愛の欲求が、地球を救う」と書いた。
いま読むと、半分は当たっていて、半分は若かった。
距離がゼロになっても、世界は平らにはならなかった
記事を書いた二か月後に、私はこう書いている。
> ネットはつながっている。そして、ネットの上の距離は、ベキ乗の法則、20対80の法則、パレートの法則に従う。
距離がゼロになれば、みんなが等しくつながるのだろうと漠然と思っていた。実際はそうならなかった。少数のハブに圧倒的なつながりが集まり、大多数はわずかなつながりしか持たない。スケールフリーネットワークである。これが、この後十年以上べき乗則にのめり込むきっかけになった。
べき乗則から学んだいちばん大事なことは、崩落の規模の分布である。砂山に砂を落とし続けると、小さな崩れが無数に起き、まれに全体を巻き込む雪崩が起きる。どの一粒が引き金になるかは予知できない。そして、小さな崩れを丁寧に止めていくと、系はより高く積み上がり、ある日より大きく崩れる。小さな山火事を消し続けたアメリカの森が、手のつけられない大火に見舞われたように。
米人はべき乗則に気づいて山火事を消すのをやめた - HPO機密日誌
2004年の私は、相互依存が深まれば戦争は意味を失うと書いた。半分はその通りだった。EUは、戦争ができないほど相互依存を深めることで平和をつくった。
しかし、相互依存が進んでも、平和を維持しようという合意と仕組みがなければ、それは小さな火を消し続けた森と同じになる。つながりは平和の条件ではあっても、平和そのものではなかった。距離がゼロになった世界は、平らな世界ではなく、崩れやすい砂山だった。
速度で歴史を読む
歴史への関心は、ブログを始める前からあった。この記事以降に変わったのは、歴史を「速度」で読むようになったことだ。
沖縄の歴史を読んだときには、「交通手段と通信手段の発展による統治可能距離の拡大が大きな意味を持つのだと再度感じた」と書いた。ヴィリリオの『速度と政治』は、道こそが戦争の起源であり、革命の舞台であると教えてくれた。
アジアでは、日中韓からASEANへと経済圏が広がり、圏内の賃金が押し上げられていった。ヴィリリオの言う「瞬間の君臨」が、目の前で起きていた。
それでも、歴史を速度で読むほど、速度だけでは説明できないものが残った。同じ技術を手にしても、まとまる地域とまとまらない地域がある。そこにあるのは、人々が積み重ねてきた信頼であり、言葉であり、顔の見える関係だった。
統治とは、流れのかたちをつくること
2013年に『流れとかたち』でコンストラクタル法則に出会った。流れるものは、より流れやすいかたちへと自らを変えていく。川の流域も、樹木の枝も、血管も、都市の配置も、少数の大きな流れと多数の小さな流れが入れ子になった階層をつくる。少数の大都市と多数の小さな地域社会は、偶然ではなく、流れのかたちなのだ。
この本で、二つの直観がひとつにつながった。ひとつは「距離、時間、そして統治と戦争」。もうひとつは、高校の教室で額の言葉を見ていて、太陽の恵みのもとで万物が調和して生かされていると「体験」したことを書いた「麗しい澤」だ。
いまの私の言葉で言えば、統治とは、距離をゼロにすることでも、すべてを一つに束ねることでもない。人やもの、お金、情報、そして思いが、滞らずに流れるかたちを、大小の単位を重ねながらつくっていくことだ。
今年の夏には、時間的距離がゼロになるとは位相差が消えることでもあると書いた。
変わり続けること、生き残ること、そして男と女 - HPO機密日誌
あらゆる差異が即時に伝わり、即時に均される世界では、混ざり合うための往復そのものが失われる。だから統治に求められているのは、つなげることだけではない。小さな単位の違いを、違いのまま残すことでもある。
結論:歩いて行ける距離へ
二十二年間、たくさんのブログ記事を書いた。たくさんの人と議論した。コメント欄やブログ同士のやりとりで教えられたことは数えきれない。そして、書いたことの何倍もの経験をした。
その果てにいま私のいちばんの関心ごとになっているのは、地域の活性化と、子どもたちの未来のための活動だ。
遠回りのようで、実はこの記事のまっすぐな続きなのだと思う。
ネットが地球の裏側との距離をゼロにしたいま、あらためて意味を持つのは、歩いて行ける距離である。2004年に私は、歩ける範囲の直接の話し合いで意思決定される部族を、統治の最初の単位として書いた。距離がゼロになった世界で、もう一度人と人が顔を合わせ、話し合い、何かを一緒につくる単位は、やはり歩いて行ける範囲にしかない。門前町に生まれ育った私には、山の稜線に沿って曲がりくねった参道に、にぎわいが絶えない理由が少しわかる気がする。
そしてもうひとつ。2004年の記事で私は、言葉は時間を越えて個体と個体をつなぐと書いた。私たちがいちばん遠い距離にいる相手は、地球の裏側の誰かではなく、まだ見ぬ未来の世代だ。その距離を縮められるのは、ネットの速度ではなく、今日いまここで子どもたちと過ごす時間の積み重ねしかない。
二十二年前、「つながりたいという愛が地球を救う」と書いた。いまなら、もう少し小さく、具体的に言える。
地域でつながり、子どもたちとつながること。それが、距離のなくなった時代に私たちが選びうる、いちばん確かな統治であり、平和なのだと思う。



