十九年前に書いた「闘争、そして、太極へ」を読み返している。あのとき私は、時間的距離の短縮というテクノロジーがそれぞれの時代の闘争と規律と調和をつくってきたのではないか、と書いた。そして、ネットが時間距離をほぼ〇にしてしまったときに何が起きるのか、と問うたまま止まっていた。
https://hpo.hatenablog.com/entry/20070103/p1
いま、少し違う角度から続きを書いてみたい。
砂山の話
散々このブログで書いていた自己組織化臨界現象(SOC)というモデルがある。砂山に一粒ずつ砂を落としていくと、系はだれに命じられたわけでもなく、自分から「崩れるか崩れないかの際」へ近づいていく。そこでは崩落の規模がべき分布に従う。小さな崩れが無数に起き、まれに全体を巻き込む雪崩が起きる。
重要なのは二つだ。
ひとつ。この系では、大崩落を予知することは原理的にできない。どの一粒が引き金になるかは決まっていない。にもかかわらず、崩落の規模分布のほうは法則に従っている。つまり我々にできるのは予知ではなく、耐性の設計だけである。
もうひとつ。小さな崩れを丁寧に止めていくと、系はより高く、より急峻に積み上がる。そして、ある日、より大きく崩れる。安定を求める制御そのものが、破局の規模を育てる。これは山火事の抑制がやがて手のつけられない大火を招くという、よく知られた話とも同じ構造だ。
極まれば転ず
太極図には、この感覚がすでに描かれていた。
陽が極まれば陰に転じ、陰が極まれば陽に転ずる。ここで見落としてはならないのは、「極まらなければ転じない」ということのほうだ。ほどよい中庸のまま、円は回らない。過剰があってはじめて反転がある。破綻を避けようとして過剰を禁じれば、循環そのものが止まる。
図と地でいえば、我々が見ているのは反転という図のほうだが、実際に効いているのは、いつでも転じうるという地のほうなのだろう。無用の用である。
性は、雪崩を小分けにする装置ではないか
無性生殖はコピーである。集団の全員が同じ弱点を共有している。ひとつの病原体が閾値を超えれば、集団はまとめて落ちる。規模分布でいえば、中くらいの崩落がなく、いきなり全体崩壊が来る形だ。
有性生殖は、毎世代、遺伝子をシャッフルする。全員が少しずつ違うので、同じ攻撃で全員が落ちることはない。落ちるのは一部で、残りが次を担う。大きな一回の雪崩が、無数の小さな崩れに分解される。
つまり性とは、多様性を毎世代強制的に再生産することで、系の崩落をべき分布の「なだらかな側」へ寄せる装置なのではないか。二極に分かれること自体が目的なのではなく、二極を経由してしか混ざり続けられないから、二極があるのではないか。
食う/食われるという関係が、個体を横に転換していく仕組みだとすれば、産む/産まれるは、個体を縦に転換していく仕組みである。どちらも、差異を介してしか個体は継続できない、という同じ事実の二つの現れだ。生物学的にも、社会学的にも、男女の関係性が複雑なのはこの差異をいかに作るかではないか?十九年前に私が、食う食われるの渦中にも動的な調和はあると書いたのは、たぶんこのことだった。
陰陽は属性ではなく、位相である
ひとつ断っておきたい。
古典の陰陽は、実体につく属性ではない。同じ人が、親に対しては陰であり、子に対しては陽である。関係のなかでの位置を指す言葉だ。だから男を陽、女を陰と割り当てるのは、歴史的な慣習であって、存在の構造ではない。
そのうえで、循環という側面だけを取り出せば、こう言える。円が回るためには位相差がいる。二つの極のあいだに遅れがなければ、円は回転せず、ただ同期して止まる。
そしてここで、十九年前の問いに戻る。
時間的距離が〇になるとは、位相差が消えるということでもある。あらゆる差異が即時に伝わり、即時に均される世界では、混ざるための往復そのものが要らなくなる。役割の均質化は、抑圧からの解放としても記述できるし、回転の停止としても記述できる。私はどちらか一方が正しいと言いたいのではない。同じ現象が二通りに書けてしまうこと自体が、いま起きていることの厄介さだと思っている。
結論のようなもの
変わり続けることが、崩れないということだ。
固定された安定は、積み上がった砂山である。高く、美しく、そして、まだ崩れていないだけである。逆に、絶えず組み替えられ、絶えず小さく崩れている系は、大崩落を起こしにくい。
自然環境において、その組み替えを毎世代強制的に走らせている実装が、性である。社会環境において、同じ役割を果たしているものは何か。多様性と言ってしまえば簡単だが、そこで問われているのは掛け声ではなく、混ざるための位相差を、どうやって設計として残すかということだろう。
十九年前、私は西暦二〇二六年の日本の予想図に深く同意すると書いた。その二〇二六年に、まだ同じことを考えている。




