HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

新型コロナウイルスとべき分布(個人的メモ)

いつか書きたいと想っていたが、緊急事態宣言下では不謹慎のそしりをうけることになると想い控えていた。おりしも、米国では騒乱が起こっている一方、久しぶりの有人宇宙飛行に成功したという。空間、時間、人、事象、いろいろな粗密を強く感じる。

edition.cnn.com
*1

こうした粗密をつながりとして見ると、ごく少数の突出したつながり(リンク、次数)をもつ主体(ノード)と、ほとんどリンクをもたない多数のノードがあることに気づく。そして、スケールフリーネットワーク(SFN)、べき乗則べき分布という概念に行き着く。もう16年もそんなことばかり考えているのになんの進歩もない自分はなんなのだとは想うが、あまりに多くの事象が結果としてべき分布に行き着く。

hidekih.cocolog-nifty.com

hpo.hatenablog.com

前置きはこれくらにして本論。日本における新型コロナウィルス関連疾病(Covid19)が現在小康状態にあるが、今後を考える上でネットワークとしての感染経路を考える必要がある。空間密度と捉えると、空間と時間において人の密度はべき分布している。この事例では空間は縦と横、密度掛ける密度になるので、空間における人の密度の減少率の2乗に比例して人と人との接触が減るという。

xtech.nikkei.com

そもそも、有名な「クラスター対策班」のクラスターはネットワーク概念。そして、西浦先生がごく初期の段階で新型コロナウィルスの感染のべき分布に気づいて論文化されていたために「クラスター対策班」が生まれた。中澤港教授がわかりやすく解説してくださっている。

SARSは右裾を引いたべき分布に近い形でした。これは、ほんとどの人が他の人に感染させなかったり1人、2人にしかうつさないのに、裾野のところで、人数は少ないけれど、時々、たくさんの人にうつす人がいる、みたいなイメージです。少数の人がスーパー・スプレディング・イベントみたいなことを起こして全体としてのRを押し上げているので、平均値(相加平均)と最頻値が一致していません。Rが同じでも、かなり感染の仕方が違うわけです
f:id:hihi01:20200531055535j:plain
(中略)
「こういった違いはネットワーク論的にも説明できます。誰もが同じ確率で接触するランダムネットワークだと、接触数の分散が小さく、接触回数の分布を見ると、ベルカーブに近くなります。一方で、スーパー・スプレディング・イベントがあって、接触回数がべき分布になるようなネットワークは、いわゆるスケールフリー・ネットワーク です。これは、どの一部をとっても全体のネットワークの縮図になっているような形で、少数のハブだけが多くのリンクを持っているのが特徴です」
f:id:hihi01:20200531055547j:plain

新型コロナの広がり方:再生産数と「密」という大きな発見 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

素晴らしいのが3月の時点でショーンKYさんがこの事実はきちんと指摘され、図まで作成されていること。負けた!(笑)

f:id:hihi01:20200531055734p:plain

経産省さん、新型コロナウイルス対策のガイドライン求む|ショーンKY|note

そもそもを辿れば、2015年の時点で西浦博先生がSARS、MERSのべき分布を二項分布の式で近似している。

SARS、MERS)どちらも1人の感染者あたりが生み出す二次感染者数にバラつきが大きいことである。ほとんどの感染者は二次感染者を生み出さないか、二次感染が起こっても二次感染者数は数人程度で済む。しかし、一部の感染者だけが他と比較して非常に数多くの二次感染者を生み出すスーパースプレッダーとなる。
(中略)
f:id:hihi01:20200531060141j:plain
(1)kが0に近ければ近いほど分散が大きく、裾の長い分布となる。kが1のとき、(1)式は幾何分布と同じであり、kが無限大のとき式(1)はポアソン分布である。
f:id:hihi01:20200531060417j:plain
この式では図Aの観察データに基づくパラメータR0やkの推定を実施することができない。(1)式に基づく分岐過程を用いて確率母関数を記述し、その微分を解くことで1人の輸入感染者が侵入した際に期待される総感染者数(図Aに相当する確率分布)が次のように導かれる。
f:id:hihi01:20200531060511g:plain
同様に、期待される感染世代数の確率分布も解析的に導かれ、最尤推定法を用いることでパラメータ推定を実施した。

数理モデルを用いたMERS輸入後の2次感染発生リスクの推定

推定したパラメーターに基づいて推定された「最大感染世代数」が引用中の図Bとなる。つまり、ランダムネットワーク、一様な感染経路に比べて、二項分布もしくはポワソン分布で近似された(と私が考える)べき分布であればパラメーターによっては感染率が感染世代によってぐっと低くなることを示唆されている。このために、SARS、MERSでは「自然消滅」したのだろう。今回のSARS-COV-2、Covid19においては重篤しない感染初期段階で感染力が最大になり、発症してからはほとんと感染させないことが知られているので少し違ってくるはずだが、異質性のある感染経路は同じであろう。更に、ここに年代別の感染の違いも出てくるが議論が複雑になるので触れない。

スケールフリーネットワークのキーワードで更に論文を探したところ、同様の見解の論文がいくつか見つかった。

f:id:hihi01:20200531061315p:plain

https://arxiv.org/abs/2004.00067

この論文はCovid19について仮にR02.5でもその後の集団免疫成立、感染速度鈍化がはるかに少ない割合で成立することを指摘しているように私には読める。

静岡大学の守田先生の論文も見つかった。

Abstract
Spreading phenomena are ubiquitous in nature and society. For example, disease and information spread over underlying social and information networks. It is well known that there is no threshold for spreading models on scale-free networks; this suggests that spread can occur on such networks, regardless of how low the contact rate may be. In this paper, I consider six models with different contact and propagation mechanisms, which include models studied so far, but are apt to be confused. To compare these six models, I analyze them by degree-based mean-field theory. I find that the result depends on the details of contact and propagation mechanism.
(試訳)

拡散現象は自然や社会の至る所にあります。たとえば、病気や情報は、根底にある社会的ネットワークや情報ネットワークにより広がります。スケールフリーネットワークでモデルを拡散するための閾値がないことはよく知られています。これは、接触率がどれほど低くても、そのようなネットワークで拡散が発生する可能性があることを示唆しています。この論文では、これまでに研究されたモデルを含む、接触カニズムと伝播メカニズムが異なる6つのモデルを検討します。これらのモデルは得てして混同されがちでした。これら6つのモデルを比較するために、次数に基づいた平均場理論によってモデルを分析します。結果は接触と伝播メカニズムの詳細に依存することがわかりました。
(中略)
f:id:hihi01:20200531095736p:plain
(試訳)
f:id:hihi01:20200531095754p:plain
(中略)
f:id:hihi01:20200531061936p:plain

https://www.nature.com/articles/srep22506

SIRモデルにおいてもR0の少しの差が大きな感染の差を、それこそ二桁、三桁もの産むことになる。SFNべき分布においてはまして初期パラメーターが大きく結果に差を生む。正直、モデルの差をきちんと説明できるほど私の理解は進んでいないが、守田先生のMode 2bはCovid19のエピデミックカーブによく似ているように私には見える。

f:id:hihi01:20200531062248p:plain

https://ig.ft.com/coronavirus-chart/?areas=usa&areas=gbr&areas=jpn&areasRegional=usny&areasRegional=usnj&cumulative=0&logScale=1&perMillion=0&values=cases

で、この考え方がなんの役に立つのかと聞かれれば、今後の経済と感染抑制の両立させる対策に影響すると考える。いや、本家本元の西浦先生が論文を5年も前に書いていらっしゃるので、すでに折り込み済だよと言われるとは思う。言うまでもなく、既に空間状況におけるべき分布の裾野(スーパー感染)の事例は、三密であることが明らかになり対策が取られている。あと、なかなか抑制できていない夜街クラスターと院内、施設内感染についての緊急の対策が大変重要だということになる。更に、重篤化もべき分布、粗密があるのでこの因子の特定がとても重要となる。すでに、Rtが1を超えたと伝えられている。しかし、5月末現在報告されているRtは二週間程度前、5月半ばの感染速度を示していることになる。つまりは、多大な経済的損失に見合う抑止ができていないということになる。

ここでまた私の素人資産でどんなに重篤化、死亡を抑制したとは言え言って来いで月間10兆円を超える社会的損失に見合わない対策だとしか評価できない。

hpo.hatenablog.com

あとは、いうまでもなく年齢による異質性とそれにより生じているべき分布の可能性だ。前述のようにこれは私の手にはあまる。以前の年齢別の重篤化率のエントリーを置いてここについては終わる。

hpo.hatenablog.com

書き始めた時は、もう少しよい対策を提言できそうに想って書き出したのだが、いまは思いつかない。感染のべき分布の差が各国で大きくことなる感染の推移を説明するようにも想える。継続して考えていきたい。とにかくべき乗則なので、ごく少数の感染させる方々のために経済を止めることはあってはならないとは考えている。

*1:状況の推移については、こちらのツイット連投に詳しい。