HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

帰国・入国者検疫スルーは勘定に入れません(個人的メモ)

この数日、緊急事態宣言の一都三県継続をなんとか民意で止めさせられないかと必死の思いで政治家の方々を中心に「医療経済学分析」のエントリーをレス付けまくった。だれも反応してくれなかった。まだ何日も何日も私の属する地域経済クラスターの方々が苦しむ姿を見なければならないのだとがっかりしていた。もちろん自分自身も苦しいことは苦しい。そんな折りに、岩田先生のツイットが目に飛び込んできてレスをつけさせていただいた。想ったより反応がはるかに大きくてびっくりした。それでも、緊急事態宣言の延長は正式決定してしまったが。

www.nikkei.com

更には岩田先生ご自身からお返事までいただき本当に恐縮でしている。

医療クラスターのみなさまから「西浦先生を攻めるな、悪いのは政治家だ」とご注意をいただいた。改めて医療クラスターの方々の結束の強さを実感した。また、お医者様は、現場指揮でも、政策決定でも、医師の資格くらいはとっている「戦友仲間」でないと役には立たないのだという確信をお持ちなのだと感じさせていただいた。私も純粋に医師、研究者としての立場を貫いていらっしゃる西浦先生を5月以降活かせていない政治家の理解力、判断力の欠如には失望している。西浦博先生、すみませんでした!*1

さて、西浦先生の「42万人死亡説」の予想は、SIRモデルがあったのだと私は理解している。

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https://medium.com/@mmcat/seiqr-model-evaluate-the-effectiveness-of-contact-tracing-fa58c80f4e5f

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https://medium.com/@mmcat/seiqr-model-evaluate-the-effectiveness-of-contact-tracing-fa58c80f4e5f

SEIQR model Evaluate the effectiveness of contact tracing

このモデルだと基本的な感染拡大のサイクルは以下のようになると考える。感染者が未感染者等に次々と感染させていく。この時の感染から次の感染の期間の平均値を「感染世代」というらしい。仮に一週間が感染世代の期間だとすると図の右手の注釈に書いたようなサイクルを繰り返すことになる。Rtはこの世代を繰り替えす度に次の感染世代の感染者が1人に対して何人であったかの推測となる。感染する速度だと言っていい。

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かなり粗い計算を以下させていただく。仮にDay1で10人の感染が国内で発生し、翌週に25人の発症者が新規に発生すればRt=2.5となる。SIRモデルはこの繰り返しになるので、週毎に2.5倍になるので、4週間後には、2.5^4=40倍となる*2

しかし、大量の帰国者、入国者が検疫で発見されないまま、スルーして国内で発症、もしくは無症状のまま感染を広げていた場合はどうなるだろうか?極端なことを言えば、国内の感染者10人に対して検疫スルーしてしまった感染者15人が無症状のまま夜街クラスターなどで二次感染を国内で起こし、経路不明の感染者15人を次の感染世代に加えてしまった場合はどうなるか?当然、Rtの推測は2.5となる。しかし、国内10人の感染者、スルー15人合計25人から次の25人の感染者が生じているので実際はRt=1であるべきだと。一般の方は、そんな訳はないだろうと考えるかも知れない。しかし、私は個人的に3月の検疫がどれくらい酷かったか知っている。自衛隊が出動するまではひどい状態だった。

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西浦先生のお弟子さんとおぼしき方が貴重なエントリーをあげていらっしゃる。その方の示されたGithubの国内感染(domestic)、帰国者等(imported)の原データをスプレッドシートに落とした。感染日と診断日の両方が揃っていないデータでRtを推測するというのは神業、プロの仕事だ。しかし、それだけに信頼性区間は大きくなる。

statmodeling.hatenablog.com

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この素晴らしい仕事の元データを、発症日がわかるデータと、診断日がわかるデータに分けて参考のためにグラフ化した。正直、経済クラスターな私としてはこんなにNA、Not Avilableばかりのデータで週に数兆円、数十兆円の経済価値を失う自粛の継続が決められたのかと想うと残念でならない。

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https://docs.google.com/spreadsheets/d/11XVNQC3XfD_px00ru3tDWhnOAhERXk1_G3hn42bpXZI/edit?usp=sharing

2月の時点ですら、1週間に1人、2人の帰国・入国者から10人も、20人もの感染者が発生しているように見える。まして、3月のどこかの時点で武漢からの新型コロナウィルスはほぼ終息し、欧州・米国からのウイルス株に入れ替わっている*3。専門家会議に入られたただ一人の経済学の専門家、大阪大学大竹文雄先生の資料でも明確にこの区別をされている。

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https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/senmonkakaigi/sidai_r020514.pdf

※スライド中の赤線は本ブログ。

ちなみに、このグラフの形から判断するに大竹先生が使われているのは報告日ベースのデータであるようだ。従って、スライド中の「3月25日以前の総感染者1292人」とは、3月前半までの感染者総数となる。ちなみに、3月25日の後、3月28日には検疫に自衛隊が出動した*4。前述のデータでは3月一ヶ月の発症日ベースの帰国・入国者は267人となる。この人数で4月以降の感染者が殆ど欧州、米国株ウイルスによるものとすると、4月半ば発症で1万人、大竹先生がオフセットされた武漢ウイルスの感染者を除いても9000人もの感染者になったとなる。もし、そうなら200人余りで3週間程度で9000人以上の欧州ウイルス感染者を出したのだとすると、Rtが3を超えることになる*5。これは、発症ベースで4月以降にRtが0.8であったと推測されていることと矛盾する。

この矛盾を解決していただくことは、次の武漢、欧州に続く第三波は海外からもたらさせる可能性が高いことを考えれば、今後の水際対策立案に重要となる。更には、NHKスペシャルで山中先生がおっしゃっていた「ファクターX」が存在するのか、しないのかの研究にも必ず役に立つだろう。いまの時代、長引く自粛等で不満が渦巻いていて、マグマのように貯まっているので、時々過激な攻撃が生まれるかもしれないが、初めての事態なので仮に見解が修正されることがあっても厚労省関係の以前の訴訟のようなことにはなりえない*6。ぜひ冷静な議論を期待したい。

もうひとつの可能性についても言及しておかなければフェアではない。無症状のまま発見されていない不顕性の感染者、感染経験者の可能性だ。先のお弟子さんブログの記述から、西浦先生自身が無症状の多数の感染者が日本にいる可能性について言及されているようだ。

西浦先生が説明されていましたが、無症状者の割合を時刻によらず一定と仮定すれば、無症状者まで含めた感染者数に対して、上記の再生産のモデル式がそのまま成り立ちます。よって、推定した実効再生産数をもとにした議論はそのまま適用可能です。

西浦先生らによる実効再生産数の統計モデルを解説&拡張する試み - StatModeling Memorandum

冒頭に図を引用させていたいだいたMangoose catさんのSIRでない、SEIQRモデルを引用したのは、こちらのモデルがUnreported cases(報告されない感染者)を扱っているからだ。西浦先生のR0=2.5はこのUnreportedを勘案すれば正しかったかもしれない*7。この場合、予測よりも遥かに重篤化率、致死率が低かっただけという可能性もある。この前提で、いくつかの抗体検査等の結果をもとにかなり間違いはあるだろうが実際のデータにフィットさせたモデルも作った。

hpo.hatenablog.com
*8

以上のような前提で西浦先生には15日に質問のレスをつけた。素人が先生のお邪魔をしたことを心からお詫びしたい。しかし、自分と自分の仲間、地域経済の明日がかかっているので質問せずにはいられなかった。冒頭の岩田先生へのレスのはるか前のこと。回答はいただいていない。当然、ご回答いただけるとは質問した時から想っていなかったし。

本当は大竹文雄先生のK値は単利計算を錯覚してしまうのではないかというエントリーを書こうとして本稿を書き始めた。別の地点についてしまった。また改めて、よくよく勉強してから考えたい。


■追記 2020/5/31

このあと、ABO FANさんがすぐれたエントリーを起こして、取り逃がした(!)海外流入感染者数の推定まで行われた。

agora-web.jp

私とABO FANさんのやりとり。

「外交」誌が記事全文公開されている中、押谷先生のインタビューが最初に掲載されていた。その中で、私やABO FANさんの指摘を肯定したと思われるご発言があった!

第二波は、欧州、米国、東南アジア、あるいはエジプトなど非常に広範な国々からの入国者を起点とした流行です。これらの国からの入国者からは三00人程度の感染者を認しているので、入国した業者の実数は一000~11000人くらいと推定されます。日本での成業は1月初旬に始まり、三月下旬に政府が段階的に入国制限を行うまで、感染者がほぼ自由に国内を移動できたので、大規模な流行になりました。この間の対応の遅れは悔やまれます。

http://www.gaiko-web.jp/test/wp-content/uploads/2020/05/04_Vol.61_P6-11_Infectiousdiseasemeasures.pdf

*1:いうまでもなく西浦博先生は統計屋などではなく本来お医者様。researchmap.jp

*2:本来のモデル計算ではこうならない。簡易計算するにしても指数関数よりまだフィボナッチ数の方が正しいと想いモデルで計算していた。素人芸なので信頼性区間が入っていないとか、他にも間違いがある可能性は高い。hpo.hatenablog.com

*3:国立感染研究所の研究に詳しい。hpo.hatenablog.com

*4:ご指摘いただいた。記憶では書いてはいけなかった。 

*5:power(9000/260,1/3)=3.25

*6:個人的には政治的な決断によって失われた経済価値等について政府、都道府県は訴訟の対象となり得ると考える。

*7:西浦先生のR0設定にはかなり政治的な要素が高かったようにご発言から推測している。文春の記事中で「R0は2.5でも、1.7でも良かった」旨の発言をされている。なおかつ「政府と仲良し」という示唆も。

*8:リンク等はまた探すが、日本総研野村證券などのコロナショックについてのレポートでも無症状不顕性の大量の感染者、感染経験者の可能性が示唆されていた。