HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

結婚とありえたかもしれない別の現在

テッド・チャンの新しい短編集、「息吹」を読了した。今の私の「状況」への見方を変えさせるインパクトがあった。

息吹

息吹

収録されたいずれの作品も自分の決定的な運命とはなにかに対峙する物語だと私には読めた。収録された作品の中で一番のインパクトは「不安は自由のめまい」。分岐する別の時間線との交信が「プリズム」と言われる装置で可能になったという世界。量子論的ゆらぎというか、別の条件、別の決断がもたらす無数の別の時間線が可視化される。無数の自分の有り得た現在が仮に見えれば、自分の運命とはなにかを問わざるを得なくなる。自分の決断とはなにかと自由意志すら疑わしくなる。

自分の意思とはなにか?自分の決断がもたらす結果とはなにか?この疑念はまさに私が突きつけられた私の人生の「状況」そのものだ。自分の決断の確定性を疑えば、私が過去の決断の結果だと考えざるを得ない「状況」への見方が自ずと変わる。例えば、人生最大の決断である「結婚」を例に考えよう。自分がホルモンにそそのかされ、欲望に突き動かされてパートナーを選ぶ。本作の「商人と錬金術師の門」、「ソフトウェアオブジェクトのライフサイクル」にも示されたとおり、パートナーを選ぶ、あるいは選ばないという決断はおのずと結果を生む。その決断の結果として産み落とされた瞬間から子は別な人格となる。そして、別の結果を生む。子は自分の思い通りにならないことはここで書くまでもない。

そして、人は「子」をなす。

マズローの欲求五段階説をネットワークから考える - HPO機密日誌

とすれば、分岐する多元宇宙の中では別の時間線で別の選択、別のパートナー、別の子が存在するのかもしれない。多元的な可能性の曼荼羅の中で、自分の決断の結果をどう受け止めるかに苦悶していた。有り得たかも知れない過去の決断、変わっていたかもしれない現在、夢視ていた未来。すべては、幻想に過ぎない。テッド・チャンを読み終わった後、結果は結果としてそのまま受け止めるしかないのだと考えられるようになれた。

考えてみれば、「不安は自由のめまい」は「あなたの人生の物語」と表裏なのかもしれない。「不安」はありえたかもしれない現在を、「あなたの」はありえる未来を描いている。「あなたの人生の物語」ではまだ「決断」すらしていない現在で決断をする。そのパートナーを選ぶ決断が、未来において子を失うと分かっているのに。

hpo.hatenablog.com

別の視点から見れば、排除されるべき「不安」とは「色即是空空即是色」、「心無罣礙」なのだと。「状況」の中で苦悶するうちに山田無文師の「般若心経」とロングセラーであり「嫌われる勇気」を読んだ。まだ、「今」を生きるしか私にはないのだ。

般若心経

般若心経

嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え

未来と過去において、ただただ現在を一生懸命生きるしかない。過去の決断がこうであったら、ありえたかもしれない未来はこうだったかもと考えることは「罣礙」でしかない。