大変、感激して読んだ。30年前に卒論を似た分野で書いた頃から比べると隔世の感がある。
- 作者:マーク・チャンギージー
- 発売日: 2020/03/05
- メディア: 文庫
本書においては、人間の視覚における4つの驚異的な能力について述べられている。
- ヒトの互いの肌の色の微妙な違い、変化を読み取る色覚
- ヒトの両眼視。他の多くの動物と違い2つの目がほぼ同じ方向を向いている理由についてとその統合的な視覚を生み出す能力。
- ヒトの錯視の「大統一理論」の可能性について。人間が動的な環境の中で初期の視覚処理レベルからの「未来」を予測する能力。
- ヒトの文字の「音素」ともいうべきトポロジー的な形態要素の共通性について。
本書の内容については、こちらに素晴らしい書評が載っている。私の手には余るので。
私が卒論でやったのは、本書の中のオオサンショウウオが網膜レベルの処理から対象物の同定が行えるという知見が述べられているが、人間の視覚においても同様の低レベルの動きの検出等の機能があることについてだった。それと、本書の第二章で詳述されている左右2つの目に入る異なる情報がいかに統合されるかについてだ。言うまもなく初歩レベルだ。
私は認知心理学の教室で、資格の知覚を先行した。「クオリア降臨」を読んでいてのけぞったのが、私がやった液晶シャッターとPCのディスプレイを組み合わせて「仮現運動」と「立体視」とごく似た実験を茂木さんがしていたというくだりだ。
茂木健一郎さんとHPOの比較 - HPO機密日誌
私が卒論を書いた時点では、若くしてなくなってしまったDavid Marr博士の計算理論による視覚情報処理の統合的な枠組みの試みがなされている頃だった。
私が卒論で理解できた範囲でいえば、網膜から視野交叉にいたる視神経の神経細胞のミクロの挙動がものの輪郭の検出*2や、動きの検出を行っているという仮説だ。X神経とY細胞というのが視神経にあるのだそうだが、特にY細胞が時間的に遅れて挙動する。この時間的な遅延を用いて、偏微分することができるのではないかというのが、マーの仮説。
複雑系とロバスト性 - HPO機密日誌
その上で、いくつか気づいたことを。
色について、肌の色の見極めができるべく錐状体が霊長類において発達したとある。そして、同時に樹上生活において食物を効率的に取るために果物などの極彩色を見極めるように「調整」されていったのだとわかる。更に視覚の点においても「裸のサル」として進化したと主張するなら、孔雀の羽が求愛行動のために過剰に進化しように我々の視覚、そして体も「過剰」に求愛行動と色の関係において進化してきたのではないだろうか?
人間の視覚の初期レベルからの「未来予測」については、私の頃はJ.J.ギブソン博士の「生態学的心理学」という分野があった。ギブソン博士の頃には同定し得なかったメカニズムが明らかになったからこそ、チャンギージー博士の「大統一理論」が現代において検討されうるのだと思う。なんというか、卒論生のまま研究職についていればこの流れを現在進行型で追えたのだろうという忸怩たる想いがある。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslk/1/0/1_KJ00009162190/_pdf/-char/ja