HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

心理学の諸問題はネットワークの問題に還元可能であるという確信

何度も書いているので、今更だが私は大学学部生時代に心理学を勉強した。残念ながら実業の道に走りいまに至るが、学部生時代人間の認識とはなにかを自分なりに追求していた。学問にはそれぞれの方法論がある。心理学の方法論は、医学、生理学、物理学とは自ずと異なる。当時は心理学の実験と統計が主な方法論だった。医学のように解剖をすることもなく、生理学のように神経の化学的性質も調べることもなく、物理学のように決定的な現象を発見することもない。先日読んだ「認知心理学への招待」が尊いのは、そうしたフレームワークの中で実験計画を洗練し、少しでも人間の認知的、ということは意識現象に近づこうという取り組みが分かりやすく書かれていたからだ。

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私がそうした実験心理学で卒論を書こうと想ったのは、当時の実験の枠組みで解明できるのは、色や形、そして、動体の検出、奥行きの検出がせいぜいであったからだ。30年前の当時から、コネクショニズムニューラルネットワークにより人間の認知現象は説明されうるというさまざまな見解は示されてた。特にデイヴィッド・マーの計算理論は影響を受けた。人間でも、機械でも、共通の認識のアルゴリズムは存在すると。

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そして、04年辺りからブログを始めて、心理学で学んだ諸問題は結局ネットワークの問題だと考え始めた。複雑ネットワークと呼ばれる、私の視点からすれば人間の認識系統の神経コネクションの特性を科学する分野に見えた。そして、スケールフリーネットワークの特徴であるべき分布が人間、社会で広く観察されることを知った。ついには、人間の認知、社会的な現象、生物の生殖、身体構造に至るまでべき分布が認知を生じうるネットワークと関わっているという見解に至った。

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ここのところ、心理学、認知諸科学とのご縁は薄かったが、ひょうんなことから、「認知心理学への招待」を読んだ。心理学、認知科学の最新の知見に触れることができた。そして、この本を読んだとブログに書いて以来、Amazonから「意識はいつ生まれるのか」を推薦されまくった。で、読んでみた。

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

本書は、意識とは脳のニューロンの結合が十分に統合され、十分に複雑な反応をもたらす状態になっている時に意識があるという統合情報理論を展開している。


この理論によれば、意識には、情報の多様性・情報の統合という二つの基本的特性があり、ある物理系が意識を持つためには、ネットワーク内部で多様な情報が統合されている必要があるとされる。ネットワーク内部で統合された情報の量は「統合情報量」として定量化され、その量は意識の量に対応しているとされる[1][2]。

意識の統合情報理論 - Wikipedia

トノーニによれば、ごく単純なネットワークにおいては、入力に対して単純な反応しか返せない。これが上図の右上の図となる。小脳はこのネットワークに近い。逆に、全てのノードが完全につながっているネットワークも単純な反応しか返せない。これにしている「複雑」なリンクの仕方をしているネットワークこそが意識の生成状況であると主張している。

著者のトノーニにより「統合情報量」はきちんと定義されている。計測装置すら開発し、複数の意識レベルの被験者に対して実験的に意識が存在(統合)されいるかの計測すら行っている。

www.riken.jp

トノーニの主張するニューラルネットワークは私には、べき分布しているネットワークであるように見える。小脳は大変多くのシナプスをもっているが全体が統合されていない。このため、短い時間で、単純な反応しか示さない。しかし、スケールフリーネットワークのように、シックス・ディグリーと呼ばれる複雑でありながら、多くとつながるノード、少数とだけつながるノードがべき分布することによ、全体が統合されるネットワークが存在する。

前述の「測定装置」は磁力を使ってシナプスに無理矢理に刺激を与える装置と、脳波測定の二つから成り立っている。実は、学部生の頃から私が卒論を書いた研究室の隣では脳波と人の意識レベルの研究が行われていた。私のおぼろげな記憶だと覚醒状態では脳波が1/f分布、パワー分布すると言われていた。つまり、まさに本書が示す通り、つながりが少ないが沢山あるシナプスと、多くとつながりが数がすくないシナプスが、それぞれの波長の脳波を示し、全体がべき分布しているか否かを計測していた。だからこそ、トノーニの研究にとても興味がそそられる。

まあ、何でも興味は持ち続けるものだなと。