HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

日本におけるCOVID-19感染速度の推測(個人的なメモ)

西浦先生のR0の仮定が妥当かどうかウェブで話題になっている。私のような素人がうんぬんできる事柄ではないが、一応自分もモデルを作ってあてはめているので、日本といくつかの国の感染速度の推測を行ってみたい。

まずは、感染速度の代表R0の定義から。

基本再生産数(英: basic reproduction number、R0 と表記され、R noughtあるいはR zeroと読まれる[1])とは、疫学において、感染症に感染した1人の感染者が平均して何人に直接感染させるかという人数[2]、また1人の感染者が再生産する2次感染者の期待数[3]のことで、1人の患者が何人に感染を広げる可能性があるかを示す[4]。

基本再生産数 - Wikipedia

私は当初R0とは感染症固有の数字かと思っていたが、実際には社会的な環境、状況などのでだいぶ変わるものらしい。当初武漢ではR0は2.6程度と推測されていた。私は、「1人の感染者が平均して何人に直接感染させるかという人数」とは、隔離もしくは全快するまでの期間の平均日数、その国の一人一日の濃厚接触数の平均、1回の濃厚接触での感染の確率の積であるととらえた。濃厚接触(あるいは感染の可能性のある接近)あたりの感染の率は感染症特有かも知れないが、残りはその社会の医療体制、社会的習慣で大きく変わる。あとでモデルについて触れる。

当初の武漢におけるR0の推定が専門家によってなされていた。これは以前のブログに載せた、Imperial College of Londonの推測の試訳。

武漢での流行の大きさの過去の推定値と、流行の可能性のある軌道の計算モデリングを組み合わせた分析に基づいて、平均して、2020年1月18日までに各ケースが2.6(不確実性範囲:1.5-3.5)人に感染したと推定します。

2019-nCoVウィルスについて(個人的まとめ) - HPO機密日誌

*1

とりあえず、武漢の感染速度は2.6程度であったと受け止める。チェックするために、1月から2月の中国、3月から4月の米国のデータを表にした。武漢、中国は上記の2.6の1月を調べたが、あまりに数がばらばらで倍化日数の推測がうまく行かなかった。

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https://docs.google.com/spreadsheets/d/1dUBiZ9hes9XODbrED8Z46idc_Q8u89G6M3TVNd1qCXA/edit?usp=sharing

*2
中国の2月は、3日で感染者倍から10日で倍あまりに鈍化して、ピークアウトしている。米国も同じ規模の感染者数のところを取ってみたが、いずれも3日を割って、この時期ではピークアウトしなかった。

次に日本。私は、実際の実データのトレンドと、自分のモデルとのフィットを毎日チェックしている。現在のパラメーターの選択で大体フィットしているように見える。

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https://datastudio.google.com/s/gYaE8veCLOc

モデルの仕組みは、前にも書いた。

hpo.hatenablog.com

簡単に言えば、バケツリレー。前日の感染者がそれぞれ一定の数の他者との接触があり、一定の確率で罹患させる。そして、一定の日数で隔離されるか、もしくは全快するまで感染を繰り返すこととなる。隔離、全快すればモデル上の現感染者からは除かれる。

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2月8日の厚労省のデータとこのごく単純なモデルと合わせてみると、現感染者(累積感染者ー累積退院者ー累積死亡者)とモデルほぼフィットしている。そして、このモデルのペースだとちょうど5月初旬で感染者は7万人となり、隔離等された患者数を引いた現感染者では5万人を超えるとなる。

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ここからR0に相当する数をモデルから計算してみる。実際の濃厚接触者数の平均も、感染の確率も不明だが、実データとモデルがフィットしているので、この3つの積はそれなりの妥当性があると考えて良いと想う。

13日×5人x2.85%=1.85人/感染期間

さすがに、これでR0=1.85と言い切ってしまっていいのかどうかの判断は私にはあまる。ただ、西浦先生が選択されたR0と近いとは言える。

西浦氏らは中国のデータなど現時点で入手可能なデータを基に、▽疫学的関連性が把握できない程度に感染が拡大」を「流行開始」、▽公衆衛生上の対策を行わなかった場合――について、最も妥当な基本再生産数(R0:一人の感染者が生み出す2次感染者数の平均値)を「1.7」とし、「1.4」を低位、「2.0」を高位として、COVID-19の発症率、入院率、重症化率を3段階でシミュレーション。

西浦北大教授「3つのCOVID-19流行シナリオ、いずれも最悪の場合」|医療維新 - m3.comの医療コラム

実際には微積分を使い、プログラムを組んで実証すべきである。こうした試みはたくさんの素晴らしいエントリーが上げられている。一例をあげれば、こちらは参考にはさせていただいた。モデルを説明したエントリーでも他の解説を参照している。

jun-makino.sakura.ne.jp

高校時代に理系から文系に転んだ上に、すっかりPythonのプログラミングから足が遠のいている私には、R0の正確な推測にはこれ以上つっこめない。ただし、ファイナンスは勉強したので、この実データや、モデルでの累積感染者が倍になる日数は計算できる。複利計算と同様に一定間隔(ここでは5日とする)の感染者数を比べて、毎日何パーセント増えればよいのかをまず計算する。そして、その「利率」で「利子積み立て」すると何日で倍になるか対数関数で出せる。

倍化日数 = log(2,exp(5日前の感染者/感染者,1/5))

R0=1.85かなという私のモデルで一週間で倍のペースで現状がフィットする。中国と米国の例から言えば、R0=2.5は3日で倍程度のペースであると推定する。論拠が薄いこを承知で言えば、これでR0と倍化日数に関連性があることの検証としたい。

さて、そこでこれからの未来。モデルを使えば、西浦先生の「八割減」政策は一日の接触数を変えることでシュミレーションできる。緊急事態宣言が出された4月8日を基点に一日当たりの接触数だけを変えてグラフを作った。

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https://datastudio.google.com/s/gYaE8veCLOc

二割削減では感染の増加は続き、八割で終息に近いところへいくように見える。グラフは、現感染者なので退院、全快等より減少する。累積感染者が経るわけではない。ちなみに、西浦先生の急速に減少するグラフは毎日の新規感染者。現在の統計の取り方では感染日(onset)当日に把握はできないし、統計でしか検証しようがないので、累積感染者よりも現感染者で検証すべきではないかと考えている。

日本の感染の速度は、三月半ば(ということは2月の終わりから三月始め)の時点では倍化日数が二週間近くまで下がっていた。この頃、はRが1を切っていたのではないだろうか?R0、Rとは繰り返すが、その時点での個人の行動によっても変わることがよくわかる。その変遷と実際の推移を表すために、3つのグラフを作った。倍化日数(DT)が4日、7日(これがこれまで説明してきた現状と一番ちかいパラメーター)、12日の3つのグラフだ。ちょっと見にくいが、モデルの倍化日数もグラフに入れている。実際の現感染者とのフィットを示すために、実データと実データの倍化日数もグラフに盛り込んである。

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DT=4日、R0=2.5そのままだと、対策しなければこのエントリーを書いている4月20日前後で感染者は百万人となり、その二週間後の5月初旬には4百万、8百万となり、重篤者80万人、死者40万人という結果になっていただろうということになる。過去にモデルを当てはめてみて文字通り「死んだ(かもしれない)子の年を数える」ことは生産的ではないが、現状ありえたシナリオからすればはるかに私達日本人は恵まれている。医療従事者のみなさん、厚労省、政府のみなさん、都道府県のみなさん、そして、天の配剤に感謝してもしきれない。

ただし、問題は、上に示した減少モデルのグラフに示した現在の感染者数の推移がとても8割減(一日5人と仮定した接触数を1日にした場合)に近づいていない。2割減(同様に5人の仮定を4人)モデル程度。グーグルのモビリティレポートでは八割に届かないまでも、2割なんてもんじゃないほど人出は減っている。しかし、なぜか感染者の発生が劇的には下がっていない*3

私のような素人が作ったモデルでも西浦先生のお考えが推測でき、ご心労はうかがえる。しかし、累積感染者、新規感染者が退院者を上回らない現実は、どこかで仮定が間違っているとしか思えない。これが、私が抗体検査を今行うべきだと主張する根拠になっている。

hpo.hatenablog.com

たぶん、「氷山」の底、「無症状感染者」は推測されているよりずっと厚いのだ。

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ウィルス感染者数推測の考え方

2019-nCoVウィルスについて(個人的まとめ) - HPO機密日誌

こころからこのコロナが少なくともピークアウトする日が早く来て欲しい。せめて、実際の他院者数が新規感染者数を上回る日が5月6日までに来て欲しい。アンダーコロナ、ウィズコロナ、アフターコロナのいろいろな可能性を良くも悪くもまだ書きたくなるが、今日はここまでとする。

*1:元のURL、現在は切れている。 https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/news--wuhan-coronavirus/

*2:データソース: https://www.worldometers.info/coronavirus/

*3:院内感染が増えていることが一つの原因だとは考えている。これもまたImperial Collegeの見解が出ていた。