たまたま、Twitterでお見かけした田中信一郎さんと高度プロフェッショナル制度について対話させていただいている。
そもそも高度プロフェッショナル制度とは?長いが引用する。*1
高度プロフェッショナル制度
一定の年収がある一部専門職を労働時間の規制対象から外し、働いた時間ではなく、成果で労働の価値を評価し、賃金を支払う仕組み。労働者は、使用者から自由な時間で働くことを認められる代わりに、残業や休日・深夜労働をしても、割増賃金が支払われなくなる。略して「高プロ」ともいう。
財界の要望を受け、安倍晋三首相が第1次政権時代(2006~07年)から導入を目指している。当時は「ホワイトカラー・エグゼンプション」という名称だったが、「働きすぎを助長するのではないか」などの批判を受けて法案提出が見送られた。第2次安倍政権時代の2015年には、政権が高プロの新設を盛り込んだ労働基準法改正案を国会に提出したが、野党の猛反対に遭い、審議入りできなかった。そして2018年4月6日、政府は高プロを柱とした働き方改革関連法案を国会に提出したが、野党や過労死遺族から「スーパー裁量労働制だ」などと批判されている。
制度の対象となる労働者は、残業代を除く「年収1075万円以上」、高度な専門的知識が必要とされる証券アナリストや研究開発職、コンサルタントなどが想定されている。制度の適用には、本人の同意や、労働者と使用者とで構成される労使委員会の決議が必要となる。また、今回提出された法案では、企業に対し、制度の適用者に「年間104日」「4週4日」以上の休日を確保するなどの健康確保措置を義務付けている。
法案が成立した場合の高プロの施行予定は19年4月で、最終的な年収要件や対象職種は、法案成立後、国の労働政策審議会での議論を経て、厚生労働省の省令で定められる。
(南 文枝 ライター/2018年)出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
高度プロフェッショナル制度とは - コトバンク
強調は本ブログ*2。気がつくと割りと長いこと人事関係の仕事に関わってきた。一定以上の成果を出せる人材は早めに課長職以上にしたい。なぜなら大きなモチベーションにつながるから。また、リーダーシップの大きなトレーニングになるから。そしてなにより、管理職であれば自分が人を管理する側になるので、時間を自由に使ってもらえるから。よく課長職以上に就任した人材に対して、以下のような話をする。
「これまでは基本的にみなさんが働いた時間に対して給与が支払われてきました。名実ともに管理職になられたので、これからはみなさんの出した成果に対して給与が支払われます。極端なことを言えば、会社に月に一度しか来なくとも*3給与は支払われます。業績考課の賞与への反映もこれまで以上に成果に比重が置かれます。みなさんが柔軟に時間を使って成果を挙げられることを期待しています。」
ところがここに2つほど問題がある。まずは1つ目は、togetterでも触れたが課長職の就任前の係長等時の残業代が割高になっている。このため、役職上は大きなステップアップをしたのに、ちょっとやそっとの課長職手当では、これまでの残業代に追いつかないという現象がわりと広く生じている。この他にも「管理職やりたくない」問題は裾野が広い。なかなか難しい。
2つ目は、組織の担う機能が多様化していて、専門職化が進んでいるため、部下を配置しづらい、もしくは部下が必要ない地位が結構発生していること。IT技術の進展、クラウドを利用した生産性革命により一人でもかなり大きな成果を上げることができる環境が一般企業でも整ってきている。一方、残業問題、働き方改革において部下がかなりの規模でいないと管理職とは認められないと労基法上、労働慣行上推移しつつある。いわゆる部下なし管理職は認められない。部下を十分数つけられない、付ける必要がないという理由だけで、年次も、能力も、リーダーシップもあるのに課長職にはつけられないとなる。
専門職層の働き方に応じた労働法規整備が、高度プロフェッショナル制度以外に進んでいるという話を寡聞にして知らない。
ちなみに、法規整備の話しで言えば、いわゆる執行役員の労基法上の地位もかなり不分明。
Q 執行役員は、会社に対してどのような義務を負担しているのか。
執行役員と会社との契約は、雇用契約(従業員としての身分に近い)か委任契約(役員の身分に近い)であるのが通常である。雇用契約である場合は、会社に対して被雇用者としての義務、すなわち善管注意義務や使用者の指揮命令に従って誠実に労働する義務を負担する。他方、委任契約であれば、執行役員は受任者として民法が規定する各種の義務(善管注意義務、報告義務など。民法644条~646条、654条)を負担する。いずれの場合でも、執行役員が労働基準法上の労働者にあたれば、執行役員は労働契約の内容となる就業規則に従う義務がある。
執行役員制度の概要(Q&A) | 執行役員制度の導入と留意点
いまのところ執行役員の過労死という話は聞かない。執行役員が管理職として認められないことはありえないとは思われる。それでも執行役員に対する労働関連法上の対応は必要だと私は想っている。高度プロフェッショナル制度よりももしかすると必要性は高いかもしれない。
以上を踏まえて、田中氏のいまのところの結論に対しての私の意見を予め書いておきたい。まず議論の前提の認識。
【高プロは経済を低迷させる③】生産性を高める方法は3つです。A:売上を増やす、B:従業者数(労働時間)を減らす、C:諸経費を減らす。日本企業は従来からAを強く指向し、低成長時代に入った90年代半ばから、リストラの名の下、従来のAに加えて、Bも指向し、あらゆる方法で展開・強化してきました。
— 田中 信一郎 (@TanakaShinsyu) 2018年5月19日
現在の日本は、少子化により消費者と生産者のバランスを大きく崩している状態だと私は認識している。このため、
- デフレ脱却が不完全なままで各企業は売上を伸ばしているところと、そうでないところがまだら模様。ただし、売上の単価は確実にあがりつつある。
- 労働市場は完全に売り手市場。特に大手の人手不足感は強い。転職も市場的にかなり整備されているし、高度プロフェッショナル制度に代表される金融の専門家、R&Dの専門研究者はどこでも引く手あまた。
- IT革命等により経費は自然に減少している。
ということで、現在の日本は一人あたりのGDPでみると上昇を続けている。ちょっと古い統計だが、この後自民党政権になってGDPは増え続けているし、就労人口は減り続けているのでこの傾向は変わらない。外国人労働者うんぬんと言われるが、本の数パーセントにすぎないので変わらない。
【高プロは経済を低迷させる⑨】人口増加・供給過少時代は、市場の指向が集約されていたため、少数エリートが革新の担い手でした。人口減少・供給過剰時代は、市場に小さい需要が様々に存在するため、誰もが革新の担い手になる必要があります。高プロの対象拡大は、革新の阻害も拡大してしまいます。
— 田中 信一郎 (@TanakaShinsyu) 2018年5月19日
田中氏の「日本にはイノベーションが必要」という目標設定には異論はない。そのためには働き方の多様性とモチベーションアップが必要だということも、田中氏の同意を得られると思う。私は、「そのための高度プロフェッショナル制度だろう」と思う。しかし、田中氏の認識は、「残業代を払わないでいいという制度は社員を鬼のように時間拘束する」という前提に立っている。長く人事関係をやってきたものとして、そんなことを企業は求めていないと強く思う。広い人と人との交流、リ・クリエイションを通じた自分自身のモチベーションアップ、継続的な学習によってのみ革新的なイノベーションは生まれる。むしろ高度人材、専門性の高い職種に就いている人材こそ企業は自由に仕事をさせている。
たぶん、Google社は現在世界で一番革新的なプロダクトを世に送り出しているだろう。そのGoogle社の社員の働き方を見ているとなんだかんだいっても、成果を出せば報酬がもらえるというモチベーションと働き方の多様性が強く必要だとわかる。会社側に立てば、時間に対してではなく成果に対してより多くの報酬を払いたいものだ。革新的イノベーションが果たされれば、より多くの賃金原資を確保できるのだから。
外国企業の例では参考にならないということであれば、マイクソフトの日本支社ではどうだろうか?同社の働き方改革もたまたま紹介されていた。こういう働き方を応援するような労働法規体系となって欲しいと思うのは私だけだろうか?そして、日本の企業はこのような方向性を向くべきだと思うのは私だけだろうか?
田中氏の連続ツイットが終わるのが楽しみ。