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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

戦略と戦術

よく父が「戦略と戦術を分けて考える」という話しをしていた。戦略は達成すべき成果そのものだと。だから、決して変えてはならない。戦術は、戦略を達成すべき方法にすぎない。だから、縦横無尽、変化自在に変えていい。目標達成に至る道は無数にあるのだから、世の中決して不可能なことはないと。

最近、感じるのは戦術レベルでは、侵攻攻撃、攻勢防御というよりは、専守防衛というか、水際作戦ではなく、妥協に妥協を重ねてから包囲殲滅する方が自分のリソースをうまく使える気がする。今日も、普通に見れば専守防衛、いや、退却だろうと言われかねない決断をした。これは先につながる決断であったと私は考えている。

といって、ちょっとググったらでてきた。

 積極的防御は攻勢防御ともいい、決戦防御ともいう。消極的防御は専守防御ともいい、単純防御ともいう。消極的防御は、実際には、にせの防御であって、積極的防御だけがほんとうの防御であり、反攻と進攻のための防御である。わたしの知っているかぎりでは、価値のあるどんな兵書でも、また、わりあい聡明などんな軍事家でも、古今東西をとわず、戦略的にも、戦術的にも、消極的防御に反対しないものはない。もっともおろかなものか、あるいは、もっとも思いあがったものだけが、消極的防御を万能の宝としてあがめるのである。しかし、世間にはあいにくとこういう人間がいて、こういうことをしでかす。これは戦争のなかでの過失であり、軍事上における保守主義のあらわれであり、われわれは断固としてこれに反対しなければならない。
 あとからおこって、しかも急速に発展した帝国主義国、すなわち、ドイツ、日本両国の軍事家は、戦略的防御に反対し、戦略的進攻の利益を積極的に鼓吹している。このような思想は、中国の革命戦争には全然適しない。帝国主義ドイツ、日本の軍事家たちは、防御の重要な弱点として、人心をふるいたたせることができず、逆に人心を動揺させるという点を指摘している

毛沢東選集 第一巻 p287

やっぱり、毛沢東すごいなぁ。

実は、「戦略と戦術」の原典は城野宏先生。

城野先生の毛沢東持久戦論への情勢判断もあとで触れたい。

「あんたみたいにいい人は中国人は誰でも助けてくれる」 - HPO機密日誌

城野先生は、獄中にあっても相当に毛沢東を研究したのだろう。