現在のトレンドは、「人工知能」と言うよりも「機械学習」だと言うレベル。現在の「人工知能研究」という言い方自体に「うさんくささ」を私も感じる。
いまでも、人工知能の研究者の多くは、深層学習や機械学習を「うさんくさいもの」と思っている人が少なくない。実際、僕の恩師のなかには何人か人工知能を専門とする先生がいるが、彼らは総じて深層学習に興味もなければ知識もない。驚くことに、僕よりも知らないのだ。そして「やってみれば」というと二言目には「ニューラルネットワークはもう何年も前にやったし、さ」と遠い目をする。だから実のところ、むかしから人工知能をやっている人ほど深層学習に疎い。これは国家的危機だぜ。
深層学習をビジネスにしたいと考えている人は必見! 人工知能がビジネス化するときにとるべき国家戦略 - shi3zの長文日記
私は学部生時代に認知科学系統を専攻した。従って、恩師の幾人かは認知科学、人工知能関係を研究し続けていらっしゃる。この先生方はid:shi3zさんのおっしゃるとおり、最近の深層学習などに関心が薄い。認知科学系の方々は深い失望感を持っている。80年代から90年代にかけて、通産省の第五世代コンピューター研究プロジェクトなど、相当なエネルギーが「人工知能研究」に投入された。現在の深層学習の元になったニューラルネットワークや、プロダクションシステムなどは、当時から十分に研究されていた。現在「人工知能」と呼ばれ囲碁の勝利など成果をあげている仕組みも、当時から方法論としては変わっていない。しかし、当時はあまり大きな成果を出せなかった。当時は「力業」ができなかったからだ。コンピューターの性能があまりに低かったのだ。
それでも、当時人工知能の限界についての考察は進んだように想う。
「道具」としての人工知能は、郵便番号読み取り装置の開発から、ずっと続いているし、これからも続く。しかし、現在の研究のトレンドの先には「ホムンクルス」問題の解決はない。意識の生成には近づけていない。
こうした研究による「意識の生成」という哲学的な考察を含む「袋小路」から抜け出せずにいる。ここがいまだに認知科学、哲学系の方々が現在の人工知能研究を「うさんくさいもの」としてみてる原因がある。いや、この「袋小路」こそが人としての価値であり、「ひらめき」というブレークスルーこそが人に与えられた力なのだとは想うが。
■追記 H28.11.9
誠実な回答をされていらっしゃる。
言語処理学会の会長で東京工業大学の徳永健伸教授は「現在の人工知能は、外見上では言葉を理解して会話しているように見えるが、必ずしも人間のような理解をしているわけではなく、内部では統計的な処理を行い、確率の高そうな答えを導いている」と話しています。
(中略)
「(習得した知識を目の前の問題とどのように関連づけられるかという技術が必要という)意味では、今すぐに人間と全く同じようにすべての問題に適切に解答する人工知能を作るのは難しい。ただ、ディープラーニングの技術が開発されて大きなブレークスルーが起きたように、多くの研究者がこの壁を突破しようとしており、人と同じように言葉を理解する人工知能の誕生は、着実に近づいていると思う」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161108/k10010760361000.html