HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「追憶」とハリウッドのマッカーシズム

単なる恋愛映画としてみたが、きわめて政治色の強い映画だった。「追憶」の政治的主義主張を説明するために、ネタバレがある。ご注意いただきたい。

そもそも、バーバラ・ストライサンド演じるヒロイン、ケイティーはユダヤ人で元共産主義者。ロバート・レッドフォード演じるハベルはWASP。1973年の公開時点ならともかく、物語の年代として設定されている1933年から1950年代初頭までは、かなり厳しい夫婦の組み合わせであった。マッカーシズムからカソリック初めての大統領、ケネディーの誕生まで10年ある。

メイキングまで見てやっと納得したが、ケイティーとハベルが別れた理由は浮気ではない。カットされたシーンと、脚本のアーサー・ローレンツのインタビューによると、ケイティーの大学時代の共産党「同志」であったフランキーから、ケイティーが「ハリウッドの10人」以外の共産主義者を密告しなければ、ハベルが職を失うという脅迫があったからだ。離婚の間接的な動機を得難い20年前の自分と重なる女子学生の演説を見て、ケイティーが泣き崩れるシーンもあった。このシーンが削除されたのも、「追憶」の政治的な意思をぼかす大きな理由となった。

ラブストーリーであるのは、マッカーシズムがハリウッドで吹き荒れたことを娯楽映画で伝えるために取られた方策にすぎない。

脚本家のアーサーのインタビューによると、シナリオにおいてはケイティーがワシントンに乗り込むのは、マッカーシズムによるハリウッドの赤狩りより前だという。検証できなかったが、そうだとするとケイティーのようにハリウッドで声をあげる人物がいなかったために、マッカーシズムを招いてしまったとアーサーは言いたかったのかもしれない。憲法の修正第一条を盾に戦うケイティーは、当時のハリウッドに必要な理想のヒロイン像であったかもしれない。

修正第1条 [編集]
(信教、言論、出版、集会の自由、請願権)
合衆国議会は、国教を樹立、または宗教上の行為を自由に行なうことを禁止する法律、言論または報道の自由を制限する法律、ならびに、市民が平穏に集会しまた苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。

権利章典 (アメリカ) - Wikipedia

ちなみに、「追憶」に出てくる告発された「ハリウッド・ブラックリスト」の顛末はwikipediaによれば以下のようだったらしい。

「ハリウッド・ブラックリスト」と呼ばれる、過去に共産主義思想を持っていた、もしくは共産主義者と関係があったとされる者のリストなどにより告発された映画関係者は、チャーリー・チャップリンジョン・ヒューストンウィリアム・ワイラーなどアメリカ人や外国人の関係者を含めた数百人に上る。
これに対して、パージを推進した非米活動委員会は憲法権利章典に違反するとして、ダニー・ケイジュディ・ガーランドヘンリー・フォンダハンフリー・ボガートグレゴリー・ペックカーク・ダグラスバート・ランカスターフランク・シナトラキャサリン・ヘプバーンベニー・グッドマン(順不同、一部)など映画人・公務員の多数が反対運動を起こした。
なお、エリア・カザンや、保守的思想で知られたウォルト・ディズニーゲーリー・クーパーロバート・テイラー、そして後のアメリカ大統領のロナルド・レーガンなどは、告発者として協力したことで知られる。
このマッカーシズム以降、ハリウッドには根強い保守・共和党への不信感が生まれ、現在も民主党支持者が多くを占める要因になったと言われている。

マッカーシズム - Wikipedia

つまりは、実際ハリウッドにも「ハベル」のように主義主張よりも現実的な成功を重んじた人間と、「ケイティ」のように政治的に戦い続けた人間がはっきりと二つに別れていたのだそうだ。

これを映画化しようとしたバーバラ・ストライサンドに乾杯!