HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

インプットとアウトプット

質感の話の続きを書く。

感覚知覚心理 = インプット = ?
画像処理、画像表現 = アウトプット = ?

この連立方程式にチャレンジしたい。


「鏡像関係」というキーワードをいただいた。

まだ、よくわからない。ただ、この写真にとてもこころひかれる。


あともう一歩で完成する前段階としてマユにこもっているようなものかもしれなくて・・

田口ランディ (たぐちらんでぃ) - 関心空間

そう、それは、本当にそこにあるもののように思われる。そう、そうれは、そう、私の中で言葉を探せば例のあれだ。

Feel the One. Be the One.

質感とはなにか? - HPO:機密日誌

インプットとアウトプットという連立方程式を解こうとするとき、純粋なインプットがなんの意図も加えずにアウトプットになっていくとてもスムーズな過程を私は想像しがちだ。「それを見ること」と「それそのものになる」ことはほんの表裏一体であると私は感じがちだ。

しかし、世の中を見る限りこの表を裏に返す、そうももちさん的にいえばキアムスの結びを通過することは、とてつもなく苦しい。田口ランディの「コンセント (幻冬舎文庫)」が物語として語るように、関心空間の評論にあるように、それは時に死と近しい。手塚治虫が生涯はベートヴェンにこだわりつづけたように、「創造」という過程を、インプットとアウトプットがスムーズに流れる過程を実現しようとした人々の苦しみを、私は想像することはできる。

そして、また、たぶん私がその一歩を踏み出すべき時が来ていることも。

そのとき、はじめて「鏡像関係」を理解できそうな気がする。


いや、話したかったのはもっともっと手前のこと。

画像の表現をアウトプットとして研究することは、そのままインプットである感覚知覚の仕組みを理解することになるだろうということを言いたかったはずだ。そこに存在するのは、手にとって感じられるくらい「リアル」であるもの。