HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

ハラスメントとパーコレーション

どうしても理解しなければならない気持ちになってきている。

複雑さを生きる―やわらかな制御 (フォーラム共通知をひらく)

複雑さを生きる―やわらかな制御 (フォーラム共通知をひらく)

なんつうかあまりにも最近物忘れがひどいので、メモだけしておく。繰り返すが、ハラスメントは、パーコレーションとしてネットワークの内部でティッピングポイントを越えて、一気に流行するのだ。


「知る」ということについての章を改めて読んでちょっとひっかっかった。

なんつうか決定論的カオスと知ることの関連を言うなら、1/fゆらぎについて書いたほうがわかりやすかったのではないだろうか?においという不定形で、明確な記憶に残りにくい例よりも、周波数という耳から入る刺激の方が言葉という記憶につながりやすい。

1/fゆらぎがまさにべき乗則的にさまざまな波長の波を含むこととか、1/fとはf^-1(周波数のマイナス一乗)だということを知りました。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2005/05/sns__194e.html

生体と1/fゆらぎが関係が深いことは知られているわけで、生体内にすでに1/fという合成周波数が存在してて、その一部と聞こえてくる周波数が「共鳴」することにより音を認識するとか言った方がメノムのパラドックスを理解しやすい。いや、いま書いていてでも実験等で確かめられていなければ学者として書けないわけだから、仕方がないわけかな?