意味とシンボルの関係
■追記
夕方にtrackfeedというサービスを張り付けてみた。そのRSSの中から、こんなエントリーを書いたのを知った。いや、思い出したというべきか?
これは、確かユングの「ヨブへの答え」の最終章にマリアの被昇天についてかいてあったことによるエントリーだと思う。
- 作者: C.G.ユング,林道義
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1988/03
- メディア: 単行本
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マリアの被昇天も以前調べている。
聖書の中に、聖母の被昇天について直接の根拠はありませんが、マリアは恩恵に満ちた者だった(ルカ1:28)ことから論証しています。この教義は、聖書よりもむしろ何世紀にもわたって伝達されてきた口述伝承の一部です。マリアは、地上でのキリストの救いの仕事に非常に密接に結ばれていたので、肉体の栄光においてもキリストと共にいるのは当然のことです。
Page Not Found - カトリック松原教会
私は「意味とシンボルの関係」という言葉でなにを言いたかったのだろうか?いまは思い出せない。ただ、このころはヨブまではいかなくとも、天から降ってきたような災難にさいなまれたいような気もする。意味とは、それでも生きる意味を求めたのか?2000年たってから天国にまつりあげられるように、歴史的な意味を自分の中に見出したかったのか?ヨブも、マリアもわからない。