2以降"Fury Road"まで見ていたのに、オリジナルを見ていなかった。
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石油不足からの世界的な荒廃、車を中心とする暴力社会、弱肉強食というか弱い者が徹底的に迫害されるなどなど、後の三作につながる要素がすべてここにあった。
2以降"Fury Road"まで見ていたのに、オリジナルを見ていなかった。
石油不足からの世界的な荒廃、車を中心とする暴力社会、弱肉強食というか弱い者が徹底的に迫害されるなどなど、後の三作につながる要素がすべてここにあった。
ひさしぶりにコットンクラブにいった。Joan Osborneさんのステージ。"One Of Us"が有名。
ライブではもっとしっとりとした愛の歌をうたっていた。"One Of Us"も、イエス・キリストについて歌ったうた。Joanさんのいくつかの歌にはよい意味でのアメリカらしい保守の態度、アメリカらしいキリストへの信仰が込められている。女性の愛情が見事に歌い上げられている。Joanさんが"home"と歌う時に込められた深い想いが伝わる。
そうそう、この歌。
とてもよかった。
もともとはロックな方。
リベラルとは、自分も人も奴隷にしないという思想だと私は想う。前にも書いたことだが。
リベラル・アーツの逆を考えれば、人が奴隷になってしまう状態が分かる。
こう考えると、確かに日本の憲法には、奴隷状態にならないことを担保する権利がならんでいる。
確かに、この角度から考えると、社会保障が最低限は必要であることがわかる。しかし、あえてもうひとつ奴隷状態を定義すれば、「家族、他人、社会に依存し、自ら働こうとしない」ということになる。リベラルであることは、人を奴隷状態に陥らせないために必要な考えであるが、過剰に保護することは逆に人を奴隷状態に陥らせ、そこから抜け出れなくする。
自由人とは、文字通り自分が自分の主人である人間だと。東洋流に言ってしまえば、中庸の実践が身についた君子ということか。
奴隷にならないための技芸 - HPO機密日誌
一ヶ月に渡る経営の勉強会の最終日となった。大変、勉強になった。経営とはヴィジョンの実現に他ならない。経営者は、一人一人の従業員が一人であげるより以上にその組織内でパファーマンスをあげられるようにすることが仕事だ。よく言うのだが、一人一人の力の総和程度しか組織全体のパフォーマンスをあげられないのなら、組織などいらない。経営者は全く力を発揮していない。一人一人が他の従業員のパフォーマンスをほんの3%あげる仕組みを作れればいい。仮に100人の組織で3%他人のパフォーマンス向上ができれば、(1+3%)^100=19.21となり、自分自身のパフォーマンスが20倍になったと胸を張れる。とはいえ、大企業、特に都市銀行のようにコンプライアンスの名の下に従業員の手足をしばるような施策を、中小企業はできもしないし、するべきではない。既に[http://hpo.hatenablog.com/entry/2016/08/03/223000:title=金融庁の方が斜め上の生産性向上、地域創生の動き」に入っている。いや、ちょっと話しがそれた。
では、経営者が従業員のパフォーマンス向上をどのように図ればよいか?多くの業績をあげている企業の経営者は「ヴィジョンを徹底すればいい」という。これができるようでなかなか難しい。盛和塾ではこのヴィジョンの徹底を「フォロソフィ」という形で全従業員が理解できる形で展開し、学習することが推奨されている。経営の仕組みという点からは、今回の勉強会ではヴィジョンとコアコンピタンス、中間成果(KPI、KSF等)、最終成果まで一致させることだと教わった。
ヴィジョンとは、夢であっていい。企業の使命をしっかりと断言したものでいい。このヴィジョンを自社の能力と照らしあわし、その能力を再定義する。ここは経営者にしかできないのではないだろうか?たとえば、「クロネコヤマトの宅急便」。ヤマト運輸はデパートの三越を最大の顧客とし、お中元、お歳暮を全国に届けていた。ところが、三越の経営の専横化の中、一夜にして三越から切られた。当時の社長の小倉昌男氏は、米国視察などを経て、自社の全国津々浦々のお宅に品物を届ける能力を現在の宅急便に結びつけた。その後の成功は書くまでもない。
中小企業者として重要なのは、立派なビジョンを掲げ、その浸透に成功したならば、経営の仕組みとして、その最終成果と自分の持つ力の「差」をどのように近づけるかの方策をヴィジョンと常に紐付いた戦略として展開することが大事。ここは経験上それぞれのPDCAサイクルの中でインプリメントするしかない。そして、PDCAサイクルの指標としてKPI(Key Performance Index)を明確に定義し、その指標がサイクルに合わせて経営者に報告され、必要な従業員の間で共有されるようにしなければならない。よく営業の売上げ高をグラフにして壁にはってあるが、あの類だ。会議体の定義と頻度、形式とも関わってくる。
いやいや、いい勉強会であった。
昨日の続きで世界の主要都市の不動産価格について調べてみた。ほぼそのものずばりのレポートを日本不動産鑑定士協会が出していた。若干注意が必要なのは、日本の地価調査と同じで特定地点の不動産価格の調査であって、不動産インデックスのように都市全体の不動産価格を示しては以内こと。とはいえば、世界の不動産価格を知るにはもってこいの資料だ。
このレポートを見ると、不動産価格の主要な指標といえる住宅地価格が2000年代以降ニューヨーク、ロンドン、パリなどと比べて出遅れているのは確か。このグラフはそれぞれの都市の2000年を100とした数字。十年あまりでこの三都市では価格が倍になっているのが分かる。
https://www.fudousan-kanteishi.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/06/chika-1_tikatyousa_h25.pdf
実は、東京の戸建て用地価格は主要都市に比べて決して安くはない。しかし、集合住宅の価格としては圧倒的に水をあけられている。
https://www.fudousan-kanteishi.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/06/chika-1_tikatyousa_h25.pdf
しかし、賃料は決して負けてはいない。
https://www.fudousan-kanteishi.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/06/chika-1_tikatyousa_h25.pdf
ということは、2000年以降の比較的安定的な円の為替レートからすると*1、東京の集合住宅地の不動産利回りは主要都市と比べて高くていいはずとなる。いろいろなパラメーターがあるのだが、単純に言えば利回りは収益を投資額(価格)で割ったものとなるからだ。
https://www.fudousan-kanteishi.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/06/chika-1_tikatyousa_h25.pdf
たしかに、集合住宅の利回りは高い。世界の富裕層がこぞって東京のタワーマンションを買いに来るのが分かる。
不思議でしょうがないのが、商業地の利回りの低さ。
https://www.fudousan-kanteishi.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/06/chika-1_tikatyousa_h25.pdf
まだ、普通商業地で利回りが低いのは少子高齢化だからとか理屈はつく。だが、間違いなく世界トップクラスであろう中央ビジネス地区、最高地価地区でも東京の利回りは低い。東京のオフィスビル、商業ビルの高度利用が進んでいないという理由も考えたが、これも近年の東京に林立する超高層オフィスビル群を見れば他都市に負けていない気がする。なぜなんだろう?
不動産関係の会社の社長さんと話しをした。都内周辺部ですらまだ土地の値段があがっていると。私は以前からマンションの坪あたり単価を土地の値段の指標だと捉えている。なぜなら、容積率100%当たりの土地単価と坪当たり建築費の合計に経費を加えた金額がマンションの売値になるから。このマンションの坪単価が賃料からの利回り逆算の単価を大幅に上回った時、もっと言えば通常のマンション単価から逆される土地単価を土地の売買価格が大幅に上回った時、それはバブルだと言える。将来土地が大幅に値上がりすることを売り手も、買い手も期待しているということだから。
もし「欧米、下手をするとアジアの主要都市のランチは20ドル以上があたりまえ」という話しを聞いていなければ、現在の状況は完全バブルだと断言していただろう。
バイトの時給が1500円も時勢を超えていると判断しただろう。
だが、友人達から「東京は格安都市」だと断言された後では、こうした土地やバイト時給の上昇は世界の主要都市の「当たり前」に近づくステップにすぎない。土地も、バイト代も、ランチも、医療も安ければ、世界の富裕層は東京に投資する。高い利回りを期待できる。「水は低きにながら、お金は利回りの高きに流れる」。
ニューヨーク、上海、ロンドンあたりと土地のベンチマークを比較してみたい。
■参照
「捨てられる銀行」が面白い。マツダ復活の陰に、広島銀行ありというエピソードは特に興味深い。
本書によれば、広島銀行はマツダ本社から人を入れてまで、マツダ関連の企業の徹底評価をしたと。他をもって替えがたい技術や、商品をもっている会社であれば、金融的な支援はもちろん、財務的な改善、経営能力の向上まで指導したという。現在のマツダの繁栄の裏には、広島銀行が育てた関連会社群があるからだと。VWのディーゼルエンジンのデータ偽装が相当な問題となったが、マツダのクリーンディーゼルは揺るぎもしていない。この技術は関連会社レベルからの経営力向上があったからだと。
地方銀行でありながら、マツダを支えるまでに関連会社を成長させることが出来たのは、定性評価の手法があったからだと本書に書いてある。定性評価とは、これまでの不良債権を減らすために微に入り、細に入り細目を定めた金融庁の検査マニュアルの真逆だ。その企業の経営を定性的に評価する手法だという。経営品質の勉強を最近しているのだが、たぶんこの手法に近い。広島銀行出身で、現在は金融庁の部長をされている日下智晴氏が企業の定性評価の手法を広島銀行に定着させたと。
私は以前からマツダ車に乗っている。まだ二代目だが、足かけ10年超え。現在は、クリーンディーゼル、スカイアクティブ車だ。愛していると言っていい。
実は、先日某所のマツダ関連会社の工場を見学する機会があった。大感激した。仕事柄いろいろな工場にお邪魔しているが、活気があり、品質向上の工夫が随所にあり、旧い設備を使いながら、新しい設備、ラインも作っているというかなり理想的な工場だった。マツダの資本も入っているので、このお会社もいまとなればきっと広島銀行の支援があってさまざまな投資をしてきているので、あんなに素晴らしい工場となったのだろう。自分の乗っている車の部品がこうして作られているのだと思うと、感慨深かった。
こうした広島銀行のようなリレーショナルバンクへの変革が全国の地銀に広がるのか?まだ、ちょっと本書の金融庁改革の興奮がほんものであるかどうか流れを見る必要があるが、大変未来に期待が持てる話しだ。