HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

千葉県の交通事故死とテロ

免許更新の講習に参加した。配られた資料の表紙がこれ。

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この表紙は恐ろしいことに、平成28年度はワースト二位になってしまった千葉県の交通事故死を起こした事故の発生箇所を示した地図。

正確にはこれは若干のミスリードで人口当たりの交通事故死者数を出すとまったく違うランキングとなる。

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しかし、千葉県民がこの地図を見ると、道路の整備の悪さが交通事故死につながっていることを感じざるを得ない。*1ことに緑の丸の高齢者の死亡事故は北西部に集中している。このエリアは、外環道の整備の大幅な遅れに象徴されるように道路整備の遅れに遅れている。この道路整備の遅れ交通事故死との関連を指摘せざるを得ない。道路整備の遅れの背景にあるのは、成田空港をめぐるテロ。

1988年(昭和63年)9月21日に、帰宅途中の千葉県収用委員会会長の小川彰(当時57歳)をフルフェイスのヘルメットを被った数人が待ち伏せし、千葉県千葉市(現・中央区)祐光1丁目の路上で鉄パイプやハンマーで全身を殴打した上で逃走するという一線を越えた事件が遂に発生する[1]。小川や目撃者による110番通報を防ぐために、事件現場付近の電話線を予め切断する等、周到な準備をした上での犯行であった。

千葉県収用委員会会長襲撃事件 - Wikipedia

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この後、千葉県土地収用委員会は実質解散し、つい近年まで機能を失っていた。土地収用委員会は成田空港問題だけを扱っているわけではない。すべての千葉県内の土地収用は委員会でなければ決定できない。バブル景気後で各地で進む道路整備にその後の二十数年で千葉県は大変立ち後れた。

いまも高齢化しながら続く反対運動の活動家達は、いまも日々発生している交通事故で亡くなる方達に一体どう弁明できるのか?

その方は、誰もが尻込みされた千葉県の土地収容委員長に就任された。そして、文字通りの闇討ちに遭い、前述の半身不随の状態になり、最期は老衰とはほどとおい年齢でありながら、亡くなられた。 この方の後、ずいぶん長い間、テロを恐れて委員長に就任される方がいなかった。テロに屈したのだ。「成田」以外にも影響は大きかったと聞いている。「闘争」をしている方々はそれを「勝利」と呼ぶのだろう。

「成田闘争」の犠牲者 - HPO機密日誌

*1: 過去からの推移を見ると、本来上位に東京都や埼玉など首都圏の都県が入っていたのが、道路がよくなり劇的に事故死亡者数が減っている。そんな中、千葉県だけが改善していないため全国ワースト2位という大変不名誉な地位に至っていると書くべき。https://flic.kr/p/UTwbro by http://grading.jpn.org/y2625002.html