HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

自灯明、法灯明

父の一周忌だった。来て下さったお坊さんが、こんな話しをしてくれた。

お釈迦様の入滅の前、弟子達はお釈迦様亡き後どうしたらいいか大変に悩んでいた。そこで、お釈迦様は弟子達にこう語られた。『思い悩むことはない。すでに私はお前達の中に宿っている。そして、お前達には私の教えがある。これを頼りに仏道を成就しなさい。なにも悩むことはない』と。これを『自灯明、法灯明』という。『自らが灯明となり、法(教え)の灯明をともし続けなさい』ということ。『自ら』が先にあることがまた深い。

一周忌の法事の後の会食では、父と親しい人たちと語らった。みな、「まるでお父さんがここにいらっしゃるようだ」と言ってくださった。お坊さんが「生きている間には人には輝きがある。その輝きは亡くなると去ってしまう。その輝きは、不浄なもの全てから離れ、純粋なものとして、生きている人たちの間に宿る」とも話してくださった。まさに、そのまま父の輝きが大変に濃密にこの会食の席にあったように感じた。

父が残してくれた、自灯明、法灯明を信じて、この先の人生を進んでいきたい。