長谷川三千子氏の言葉は古くて新しい。「正義の喪失 反時代的考察」に収められた「ボーダーレス・エコノミー批判」は現代経済の問題点を見事に描いている。本論文が平成2年、1990年に書かれたという事実の前に「銃・病原菌・鉄」は無力化されてしまう。

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本論文で、筆者はコロンブスのアメリカ大陸発見とは何であったかかを明確にしている。コロンブスのアメリカ発見とは、人類の歴史における空間の「交通」と「生産」のバランスの崩壊であったと著者は言う。そして、空間に対して宗教や、文化や、家族のぬくもりを感じない人々が、既存のそれに進入したときに起こる悲劇が南米での大虐殺とそれに続くポトシ銀山のような搾取であったと。
「銃・病原菌・鉄」における西欧文明と伝統的な文明の圧倒的な差がどうしてうまれたかの、家畜うんぬんという愚かな答えは意味を持たない。「銃・病原菌・鉄」の価値は、南米や、そここで生まれた西欧文明の大虐殺の様子を克明に描いたことにある。銃を持って人を殺し、病原菌を持ち込んで民族浄化を行い、鉄を持って土地を囲い込み、鉱山へと人を押し込めた。

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本来、人は自分の住まう空間に対して思い入れをもって生活している。それは、神話や、昔話や、慣習、ルールによって形にされている。長谷川三千子氏は、イスラム経済における千年安定していた金鉱のルールを語り、近代の合理性と人の空間への想い、安定性は両立しうるかを示した。
著者達(マルクスとエンゲルス)が、これらの人間の営みを総称して「交通(Verkehr)」ーーー往来(いったりきたり)ーーーと呼んだのは、まことに本質をついた呼び方だったのである。つまり、ここにあらはれ出ているのは、ひと言で言えば「人間の空間に対する自由」である。
けれども一方では、人間は決して空間に対して野放図に自由なのではない。人間は空間にしばられ、むすびつけられ、そのことによってはじめて生存の基盤を得ているのである。それを表しているのが、もう一つの「生産」という言葉である。
マルクス・エンゲルスの時代における生産とは、主に農業だ。人は土から離れては生きてはいけない、ラピュタみたいな話しになる。最も、ガリバー旅行記の空飛ぶラピュタはまさに近代の地に足がついていない人々の風刺であったのだろうが、それはまた別な話し。
そして、現代の「ボーダーレス」である。もう人には大して「自由」に解放すべき空間も残されていない。壊すべき習俗も残っていない。あるのは、限りない生産性の競争だけである。これでよいのかと長谷川三千子氏は問うている。20年以上経ったいまでも、この問いかけに真っ向から答えられる人は少ない。