ようやく「ザ・クオンツ」を読み終わった。経営書として読めば、ビジネスにおいてどこまでリスクを犯してよいのかは十分に管理すべきだという教訓となる。ノンフィクションとして読めば相当に興味深い読み物となる。
- 作者: スコット・パタースン,永峯 涼
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/08/28
- メディア: 単行本
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予言者としてのマンデルブロの綿花価格分析、マイナーな批判者としてのタレブも出て来た。冒頭の万ドル単位のチップをかけたクォンツたちのポーカーゲームのシーン挿入の意図も明らかにされた。サブプライムローンを発端とした金融市場の混乱からリーマンショック、天文学的な金額の政府介入に至るメカニズムも明らかにされた。本書は、改めてあの危機はなんであったかを明確にしてくれる良書だ。
では、数学「オタク」トレーダーこと「クォンツ」達の根本的な間違いはなんであったか?今朝方の話しともからんでくるが、分布の仮定であり、ネットワークの問題だと私は感じた。朝方、id:finalventさんと「乱数」と「分布」について議論をした。「議論」って、まあ、例によって私の不勉強が明らかになっただけだが。
今朝の議論で主張したかったのは、事象の分布に関するタレブの主張であった。そこまでは至らなかった。生半可な理解のまま量子力学や、カオスまで話しを広げすぎた。
「判断不能性定理」とは、手に入るごく少数のサンプルからは、全体の分布がわからないし、全体の分布がわからなければサンプルからはなにも言えないという事実だ。統計を少しでもかじった人にはよくわかる。物理実験や、認知心理学の実験などでは、経路に依存する部分が少ないために、結果がどのような分布の中にいるかがわかる。だから統計的な推計ができ、確率が計算できる。しかし、社会的、経済的な「複雑」な事象については、再現性が薄く、結果として見えているデータサンプルがどのような分布になっているかわからない。タレブによれば、経済的な動向を予測するためには正規分布も、べき分布も「使えない」のだそうだ。
「強さと脆さ」読了 - HPO:機密日誌
統計学、そしてその延長としての過去の値付けの歴史に基づく金融工学においては、たとえ近似であれば、観察と操作の対象とする事象の動き方の分布、そしてモデルを仮定する。金融工学を駆使したクォンツが、自分たちが操作しようとしていた金融市場の値動きの分布を間違えて仮定していたのは明らか。私のブログのアクセス数ですらブラックスワンなのだから、まして金融市場ではマンデルブロが60年代から提唱していたように、明日どれだけ極端なことがおこるか分からない。
保護と自由とべき乗則 - HPO:機密日誌
一方、本書の言葉を借りればクォンツ達が高速の裁定取引を密にした結果生まれた「ザ・マネー・グリッド」の問題がある。ネットワークはダイナミックに変化する好事例だ。超高速で、超高金額が流れる「ザ・マネー・グリッド」の網目がどこまで緊密化したか、緊密化によりどれだけボラティリティがましたかにクォンツたちはあまりに無自覚であった。これには功罪がある。金融危機の最中、この危機は市場のつながりの緊密化の結果であること私は感じていた。
間違いなく、この数年で世界中の市場がつながりのレベルがあがった。間違いなく各国の経済における貿易の占める割合は増している。日本のGDPの構成割合を調べてみろ。国内の需要の落ち込みを貿易が救っている。中国はいくら内需が増えたとはいえ、資金も付加価値も海外からもちこまれたことで救われている。資金についても私たちが思うよりももっと「投資銀行」がからんだリスクのある投資資金が世界をかけめぐっている。
金融恐慌がはじまったのも、一応回避されたのも世界がひとつになりつつあるからと思うのはあまりにナイーブ - HPO:機密日誌
市場の自由化、ヘッジファンドの台頭が「効率的市場モデル」を更に推し進めた。その自由化、緊密化が行き過ぎてしまったことは、「間違いを犯した」ことだとグリーンスパン元FRB議長が認めた通りだ。
にしても、07年夏以降のヘッジファンドの混乱は不可解な部分がある。いくらレバレッジをかけていたとはいえ、存在したことのあるお金の投資であれば手じまいをして、あらたなファンドの組成などにより再出発する方法はあったのではないかと思える。クォンツ達はよく勉強していた。マンデルブロの警告も、クォンツ達の聖書といえる最初の論文集に掲載されていた。金融危機で数千億円を稼いだというタレブのヴァニラオプションの手口も熟知していた。それでも再生できなかったのは、ある意味驚きではある。それに、金融市場の混乱が日本のGDPを押し下げるほど、世界の工業生産、輸出入に影響を及ぼしたプロセスはまだ明確になっていない。まあ、世界の金持ちの消費が実はGDPを大きく押し上げていたのが、金融危機で損をしたからだということなのか。特に日本のミセス・ワタナベたちは、実はヘッジファンドに大きく手を出していたということなのか。
ちなみに、本エントリーのタイトルを「コール!」としたのは、まさに金融市場の混乱の最中にかけられた「マージナル・コール」によって混乱が拡大したのだという意図を込めている。もちろん、ヘッジファンドというゲームと、ポーカーを重ねて描いた著者の意図である。