HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

女が本気になると : 「ジーン・ワルツ」

「女が本気になったら、必ず子どもは産めるものよ」永年の友人は軽くそう言って笑った。その軽い笑いの裏にある彼女の自信に背筋が凍った。

あれから何年すぎたか、改めて女の本気に背筋が寒くなった。

ジーン・ワルツ (新潮文庫)

ジーン・ワルツ (新潮文庫)

本書はすごい物語だ。いつのまにかセックスと出産は連動しなくなってしまったらしい。しかも、父親が誰か、母親がだれかすら一意に決められない世の中になってしまったのだと。ずいぶん昔にストリンドベリの「ファーザー」という芝居に参加した。父親が誰かの問題で品位に高い軍人が没落していく物語だ。21世紀版の「ファーザー」、いや、「ファーザー&マザー」といったところか。

『父』 "FADREN"

 男は生まれた子供が自分の子であるかを知ることは出来ないといふ主題を軸に、夫と妻、男と女の間に横たはる永遠の溝を掘り下げた問題作。信じたくても疑つて仕舞ふ男の悲しい性を、ストリンドベリは伏線を張り巡らして顕在化させる。これを狂気と見なし夫を敵視するやうになつた妻は、哀れな夫を追詰め廃人にする。愛娘が発する止めの一言を周到に配置する作劇術の見事さもあり、大変完成度が高い。[☆☆☆]

ストリンドベリ


たまたまここのところ考えていた家族の情愛についての回答ももらった。

ヒトは愛し、慈しむ対象を持つときに、幸福感を感じるのだとは思う。しかも、それが遺伝的に近い存在を育てようとするときに、強い幸福感があるように思えてならない。

「いぬじゃないのにワンコそば」 - HPO:機密日誌

家族の情愛の問いとは、まさに本書で語られた「ピンぼけ」の質問だった。

「あの、妊娠と子育ての意欲の関連性についておしえてください。」

「ピンぼけの質問には、ピンぼけの回答で答えよう。そもそも親はどうやって自分の子どもを認識すると思う?」

「自分と似ているから、とか?」

「普通はそう考えるだろうね。だが、この場合は自己類似性は作用しないんだ。実は共生している、という方が重要因子だ。」


ま、女の本気の問題は私がどうのこうのできる問題ではない。いや、地域の医療の問題も私がどうのこうのできる問題ではないのだが、深刻さは身近に感じるようになった。

人材供給を絶たれた大学病院医局は、システム維持のために、地域医療を支えてきた中堅医師を大学に呼び戻す。こうして地域医療の現場は人材を失う。

地域医療を支えてきたひとりの中堅医師を大学に呼び戻す影響は、ドミノ倒しのように、十倍になって地方の現場にはね返る。

医療の「限界集落」状態が法律の改正によりそこここに生じるメカニズムを克明に描いている。少子高齢化が最重要課題となっているのに、私のまわりでも産婦人科の廃業を目にする。恐ろしいことだ。


そうそう、映画化されるそうだ。これから話題になるといいな。

撮影は去年終わっているのに、公開予定が来年ってどうかしている。圧力がかかっていると想像したくなるな。