ロータリー財団の百年史、「世界でよいことをしよう」を読み始めた。
財団史のタイトルが決定しました。タイトルは『世界でよいことをしよう:人びとの心に触れた100年』です。この本は、2016年初めに発行される予定です。
この本のタイトルについて、著者であるデイビッド・フォワードさんは次のように述べています。「アーチ・クランフがロータリー会長だったとき、彼は『世界でよいことをする』ための基金を設置するというビジョンを発表しました。彼のこのアイデアから、これほどに多くの『よいこと』が生まれるとは、誰も想像できなかったでしょう。このタイトルは、100年にわたる財団の歴史を見事に言い表しています」
財団百年誌のタイトル決まる | My Rotary
ロータリーの歴史についてあまりにも不勉強だったことを思い知らされている。どの組織にも創業の想いがある。なんだかんだいっても、その組織はこの想いにそって展開しているものだ。ロータリー財団の今の活動を理解するには、やはりその提唱者であるアーチ・クランフの想い、当時の時代背景などを理解することが肝要だ。
アーチは12歳のときに一家の暮らしを助けるために学校を退学したので、ほとんどが独学でした。彼はクリーブランドに設けられた夜学に通うことによって、学力の不足を補いました。
18歳でクリーブランドのキューヤホガ製材所の雑用係の職につきましたが、すぐに昇進して、最終的には会社の会長、総支配人そして経営者になりました。また、彼は製箱会社や銀行の社長や、不動産業と汽船会社の副会長を務めました。彼はクリーブランドに留まらずオハイオ州における実業界と地域社会双方の組織でも活動し、法的な件に関する建設業者のスポークスマンの役割を果たしました。
彼の芸術的センスは素晴らしく、優れたフルート奏者として、クリーブランド・シンホニー・オーケストラで14年間も演奏する傍ら、マネージャとして活躍しました。また、彼はスポーツでも活動的でした。
ロータリーにおいては、偉大なロータリー財団になる基礎を作ったアーチ・クランフとして、最も大きな貢献をしました。1917年に、カンザスシティー・ロータリークラブからの26ドル50セントの寄付金から始めた財団基金は、今日何億ドルもの基金に成長して、外国に行って自らが選択した学問を追求する機会を全世界の学生に提供しています。
アーチ・クランフ - ロータリー百科事典
クランフの提唱は、当初こそ「26ドル50セント」だったかもしれないが、その後はなんの抵抗もなく世界のロータリークラブに受け入れられたのだと想っていた。ところが、1917年のアトランタ国際大会においてクランフがスピーチをしてから1951年に82歳でなくなるほんの数年前まで財団が大きく成長することはなかったと知って驚いている。クランフの生き方そのものが私のこれからの人生の手本となるように想われてならない。