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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「殺人ザル」読了、又はいかにしてペリクレスがリベラリズムを語ったか

本書は、経済学的な見地から人類一万年の経済史を見ている。本書は、敢えて「徳の起源」、「繁栄」と言ったマット・リドレーの展開する進化心理学と、永続するための性質の保存という意味での「利己的遺伝子」の論を避けている。この試みは、野心的で興味深く、政治、行政に関わる方々にとっては絶賛に値するのだろう。一般読者としては、この姿勢の結果、経済学から見れば未だに克服できない人類の外部性への無知と無視の実例を延々と述べられている本書の大半の部分が「中だるみ」と感じてしまう。

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

ちなみに、読了して経済の外部性とは、他者と協力することが大変苦手であった私たちの祖先「殺人ザル」の(尾骨と同じように)名残であると理解するようになった。

■外部性(がいぶせい、英: Externality)は、ある経済主体の意思決定(行為・経済活動)が他の経済主体の意思決定に影響を及ぼすことをいう。一般に経済学では、ある経済主体の意思決定は他の経済主体の意思決定に影響を及ぼさないと仮定するが、現実には他の経済主体の影響を無視できない場合がある。そこで、そのような場合に対処するために考案された概念が外部性である。
(中略)

他の経済主体にとって不利に働く場合の外部性。技術的外部不経済の例として公害がある。通常効用を低める財(バッズ Bads:ごみなどが例)については財を供給する側が対価を払わなければならないが、大気汚染などの公害は対価を払うことなしに供給することができる。通例、このような財の生産は過剰となる。

外部性 - Wikipedia

著者のシーブライトは、この外部性の結果、若き日のカエサルが目撃した内乱時代のローマの悲劇や、「友と敵を選別せよ!」という呼びかけにより惹起される部族的な意識から生じる国民国家間の戦争、公害や貧困を産む視野狭窄経済活動が産まれていることを指摘する。そして、逆に人類一万年の歴史の精華である経済的交流、友愛、自由をもたらす思想のひとつとしてリベラリズムをあげる。直接のリベラリルズムではないが、本書に引用された古代ギリシアアテネペリクレスの演説に感激した。

私たちは、たとえ私たちの自由が時に敵に利することがあろうと、世界に対して私たちの都市を開放する。そして外国人の行動を理由に、学んだり観察する機会を外国人から奪ったりもしない。市民の生来の精神よりも、制度や政策を信用したりはしない。教育については、ライバルたちは生まれたときからの苦痛に満ちた規律によって男らしさを追求している。このアテナイでは私たちは自分の好きなように生きるが、それでもあらゆる本物の危険に向かう心構えもできているのだ。

実はこの演説はペロポネソス戦争の戦死者への弔辞なのだ。本書でもシーブライトが嘆いているように、残念ながら専制を主とするスパルタに自由を主としたアテナイはこの後破れていく。

リベラリズムの系譜とその本質的な条件について本書は詳細に述べている。私はペリクレスのいう「外国人」を経済的な弱者、イデオロギーや宗教を事にする者たちと読み替えれば、現代社会のリベラリズムと全く変わらないと考える。自分も自由人であり、自分の認識と外部性の一端でも共有する方々にも自由であって欲しい考え、行動することがリベラリズムであると私は考える。多くの方にこの原理原則は同意いただけるのではないだろう。

いずれにせよ本書がリーマンショックという金融業界の外部不経済の顕現によって立証を得たように、「殺人ザル」の本性を残した私たちの運営する経済、社会は想っているよりもはるかに視野狭窄で不安定なものである。ほんのちょっとしたショックにより、大きな動揺をこれからも経験するであろう。その時に、リベラリズムに代表されるようなより広い信頼に基づき、発展繁栄の未来を作り出せるかどうかという大きな問題を本書は投げかけている。私は、それは私たちがどれだけ私たちの共感性という心理を広くできるかにかかっていると信じる。