HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「マルハナバチは航空力学的には飛べない」

ジェイン・ジェイコブズの「経済の本質―自然から学ぶ」は経済学界隈ではぼろくそにけなされていると知った。はてなのつながる機能恐るべし。

山形@マッカサル 2007/08/04 20:05
ジェイコブスのこの本は、ボブ・ソローがぼろくそにけなしていた本で、ぼくもボブ・ソローの意見に全面同意なのです。

2007-08-03 - Economics Lovers Live

示されたリンクの先の議論も読んだ。

山形さんといえば、ジェイコブズの主著、「アメリカ大都市の生と死」を数十年ぶりに新訳した方。まして、ご本業は私のあこがれの職場、野村総合研究所の地域開発部だという方。私などがたちうちできるわけはない。それでも、私になりに本書を読んで感じたことを基にいくつかのポイントを「反論」したい。

私のとぼしい理解では、ソローの論文では、2点ほどが特に批判の対象となっていた。ひとつは、たとえば政府の規制は小規模ビジネスに有利に働く場合も多いので何でも「自然」に任せばいいというものではないということ。そして、もうひとつは大量生産によるコスト低減効果をジェイコブズが過小評価していること。全体として、「経済学のことを知らない素人がなにをいうか」という批判となっていると理解した。

ソローの批判は、ジェイコブズとの視点の違いではないかなと、私は想う。ジェイコブズの視点は「アメリカ大都市の死と生」から少しも変わっていない。ジェイコブズは街の住人だ。街とは、商売をする人、通りを行き交う人、噂話好きな人が行き会う場所。そこでは、常に動きがあり、常態にとどまっているということがない。変化があふれている。

私は建設関係の仕事を田舎でしている。建設業界において、規模の経済による生産性向上が絶対優位であれば、中小企業は消え果ててしまうはずだ。しかし、管理スパンの問題やら、国の政策の問題、市場の不完全性の問題により、街でゼネコン、ハウスメーカー、地方工務店、個人建設業者が併存している。

私から見れば、経済学の視点は、国全体や、産業全体など巨大なものを見ている。そして、その国の経済や、業界、市場がすでに均衡点に達した後のことを問題にしている。街で営々と自分の生活を築いているのは、均衡点に達するまでの不安定な状態でのみ生きることができる連中だ。均衡点に達した後では、排除され、絶滅してしまうであろう生き物だ。

それは、あたかも白と黒のデイジーが咲き乱れるラブロックのデイジーワールドのような状態だといえる。

http://library.thinkquest.org/C003763/flash/gaia1.htm

生産量の拡大による生産性の向上も、建設業の現場ではあまりあてはまらない。中小でもゼネコンでも規模による生産瀬の大幅な向上が見られないのが不思議ではある。現場の規模の違いによる生産性の多少の向上もいわゆる「一般管理費」、つまり本部機能の肥大により打ち消されてしまうことが多い。

建設の仕事はいうまでもなく街の成り立ちと縁が深い。街は多様で、アドホックで、常に変化している。その変化を移しているのが建設業かもしれない。

そう、ジェイコブズの「経済の本質」から学ぶべきは多様性の価値ではないだろうか。

後に、デイジーワールドのシミュレーションにウサギとキツネなど他の種を導入する拡張がなされた。そのようなシミュレーションでの新たな発見として、種の数が増えると惑星全体に与える効果が大きくなることがわかった(恒温性が強化される)。この発見は生物多様性の貴重さを論じる際の論拠とされ、論争の元となった。

デイジーワールド - Wikipedia

経済均衡だけを論じていれば、世界でひとつの大企業にすべてが集約されはいおしまいということになりかねない。しかし、それは反面大変な不安定さを招き入れることになる。時、あたかもWikipedia英語版が24時間のストライキに入っているが、全世界でひとつのサービスに依存していたときの変化は時に壊滅的だ。べき乗則的にネットワークが成長し、大と小が生まれ、ハブが独占的になればどこかでかならず大調整局面を迎える。ブラックスワンであり、リーマンショックであり、東日本大震災として顕現した。

たとえば、私の業界で東日本大震災が明らかにしたのは、中小と大企業がお互いに緊密なネットワークでつながっていることだ。東北の名前も聞いたことないような企業が日本全国の基幹商品に不可欠な部品を供給していた。このため、震災後しばらく新築住宅には必要不可欠なその商品を取り付けることができなかった。しかし、我らの業界の経済ネットワークが多様であり、密な関係であったために、あっというまに代替部品、代替供給網がつくられ、この商品の不足はわずか1、2ヶ月で解消された。ゴールデンウィーク後にはもう普通に仕事をしていた。

対岸の中国の経済人と接しているとこの辺のネットワークの緊密さが感じられないのが、大丈夫かなと思うところ。だがそれは別な話。

強いて言うと、中国の「中小企業」は巨大で、なおかつその多くは政府と党の強力なバックアップを受けている。政府がかかりなので、経営者のネットワークはまだ日本ほど密ではないかなと感じた。日本の中小企業150万社というのはある意味日本の宝かもしれない。

日中交流 2011 - HPO機密日誌

ま、もうちょっと経済学へのジェイコブズの反論について考え続ける。