HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

宇宙戦艦ヤマトの愛のインパクト

考えてみれば、僕らの世代にとって宇宙戦艦ヤマト古代進のセリフは大変なインパクトがあった。

古代
「俺たちは小さいときから人と争って勝つことを教えられて育ってきた。学校に入るときも社会に出てからも人と競争し、勝つことを要求される。しかし、勝つ者がいれば、負ける者もいるんだ。負けた者はどうなる。負けた者は幸せになる権利はないというのか。今日まで俺はそれを考えたことがなかった。俺は悲しい。それが悔しい。
 ガミラスの人々は地球に移住したがっていた。この星はいずれにせよ、おしまいだったんだ。地球の人もガミラスの人も、幸せに生きたいという気持ちに変わりはない。なのに、われわれは戦ってしまった。われわれのしなければならなかったのは戦うことじゃない。愛し合うことだった。勝利か、くそでも食らえ」

アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の好きなせりふ・シーン - キジバトのさえずり - Yahoo!ブログ

私は最初のヤマトのテレビ放映からのヤマトのファンだった。何度も涙してきたが、このシーンは特に涙腺が緩み続けている。いまでもだ。

このセリフは1974年に放映された宇宙戦艦ヤマトの終盤ででくる。地球を滅ぼしかけたガミラスの母星を逆に滅ぼした後に出てくる。

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なんとはなしにこのセリフによって、競争がなくなることが新しい時代を開くのだと思い込んだ。私は太平洋戦争が終わって20年余りで生まれた。身近に確かに絶対敵貧困の状況はあったが、飢えの体験はない。様々な要因があるとはいえ、これはすごいことだといまも想っている。もしこれが本土での戦いとなっていたら?いま現在起こっている様々な国、たとえばシリアの戦争の様相をみるととてもとても20年で復興ができるとは思えない。それは、確かに過酷な競争があって日本の戦後の復興がなされた。

それでも、当時「受験戦争」と呼ばれ、「エコノミックアニマル」と言われ、過激な競争は問題であると言われる様になってきた。なんとはなしに豊になりつつある日本の今後は「競争」ではないのだ、「愛」なのだという雰囲気だった。

別にヤマトのアニメのインパクトのせいではないが、その後、「ゆとり教育」が1980年に日本に導入された。私の記憶ではかなり「雰囲気」のまま、確かな研究も、成功した教育事例もないまま導入された。競争ではなく愛なのだという思想であったように想う。

ゆとり教育文部科学省が指定した正式な名称でない)は、「詰め込み教育」と言われる知識量偏重型の教育方針を是正し、思考力を鍛える学習に重きを置いた経験重視型の教育方針をもって、学習時間と内容を減らしてゆとりある学校を目指し、1980年度、1992年度、2002年度から施行された学習指導要領に沿った教育のことである。

ゆとり教育 - Wikipedia

「競争」のない教育によって、欧米のような思考力の育成をしようという試みであったが、見事に失敗した。昨日のエントリーのような結果に終わった。

じゃあ、どうしたらよいかというオチはないが自分の生きている間にひとつの教育政策パッケージが始まり、失敗して終わるとは思っていなかった。競争の代わりの愛では、みんなが我慢をし、みんなが不満で、誰も成功したとは思えない状況しか生み出せなかったということは主張しておきたい。