堺屋太一の予測が不気味なほどあたっている。背筋が寒くなるほどなのが、「団塊の世代」の四話目、「民族の秋」。
- 作者: 堺屋太一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2005/04
- メディア: 文庫
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細かく言えば、堺屋太一自身も文庫版へのまえがきで書いているように、5年から10年程度の誤差はある。
たとえば、世界人口を1999年で70億人としているが、実際に70億に達したのは2011年。
石油の可採埋蔵量も、枯渇を意識して原産国が減産を石油ショックを三度起こすほど減らすのはまだ先になりそうだ。日本の一次エネルギーにおける石油依存率も60%後半と予測しているが、実際には40%代まで下がってはいる。そして、石油の流通の進歩は原産国の影響力を最小にしている。
エネルギー白書2011 - 第1章 国内エネルギー動向
老人と青年世代の世代間競争、世代間対立が見えてくるのが、1999年だと書いているが、これも未だに見えてこない。潜在的にはかなり厳しい事態に陥っているし、いまにも見えてきそうな気配もある。
(HPO注:1999年当時50代団塊世代まっただ中官僚、福西)「今の老人、いやこれから十年十五年の間に老人になる人たちも含めてだが、その人たちこそ、あの高度成長時代を演出し、今日の豊かな日本を築いた功労者なんだからね」
だが、大友(HPO注:1999年当時20代の官僚)は小首をかしげて、
「そうですかね、今の老人たちが功労者ですかねえ・・・・」
と疑わし気につぶやいた。そして、
「僕らはむしろ責任者だと思いますよ。あの高度成長時代、いやそれに続く70年代・80年代の、まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過ごして来たことの・・・(中略)。だから今、僕たちはエネルギー問題や財政問題で苦労してるんじゃないですか?(中略)福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティーをことごとくその日の消費に使ってしまった責任世代なんですよ」
本編に「老人雇用促進」について少し触れられているが、団塊の世代は、定年を超えても働き続けるだろうというのは、ただしいように自分の職場を見ていても思う。働くこと、自分が認められることがこの世代のデフォなのだ。
堺屋太一がどこまでマルコフ過程を使いこなしていたかは、当時のコンピューターの性能を考えるとかなり疑問。
「民族の秋」の1999年と、現実の2012年の最大の差は、インフレ率かもしれない。増税が大変な問題になってくるところは現実になっている、悲しいことに。石油の問題にしろ、人口の構成の問題にしろ、いまの日本でインフレにならないことの方が不思議だ。これを、これから起こることとみるのか、それとも「団塊の世代」という小説により危機感が共有されたために回避されたとみるのか?これからの未来を考える上で、大変重要なポイントだ。