国会中継だけはよく見る。いまは、かなり国のかじとりが難しい時期であるにもかかわらず、両院の予算委員会の重箱の隅をつつくような野党の質問がうざい。そもそも、民主党時代にかなり現在の諸問題のタネを自分たちでまいたのだから、その反省から質問しろと言いたくなる。とはいえ、福祉関係の委員会もあれば、防衛もあるだろうに、なぜ予算委員会だけ?しかも、予算委員会なのに、国防問題、外交問題、あるいは官僚の天下り問題が議論されるのか?
これはイギリスの伝統までさかのぼるのだと想う。そもそも、首相、Prime Minister、とは本来、大蔵大臣、First Lord of the Treasury、のことだったのだと。
1714年に大蔵卿(英語版) が廃止されるのに伴い、王室財政を担当する機関として大蔵卿委員会が創設された。その長である第一大蔵卿の歴史もこの時に始まる。
第一大蔵卿 - Wikipedia
初期の大蔵卿委員は年功序列によって「第一大蔵卿」「第二―」…と番号が割り振られていたが、次第に第一大蔵卿が政府の首席とみなされるようになる。1721年のロバート・ウォルポール以後は事実上の首相となり、以降財政を司るのは大蔵卿委員会の次席である第二大蔵卿 (Second Lord of the Treasury) を兼務する財務大臣 (Chancellor of the Exchequer) となった。
首相 (Prime Minister) はその後も俗称にすぎなかったが、アーサー・バルフォア内閣時代の1905年になって正式な官職となった。わずかな例外を除いて首相は第一大蔵卿を兼任するのが慣例である。ウィリアム・ピット(小ピット)は首相兼第一大蔵卿のあり方について「財政の先頭にある人であるべきだ(ought to be the person at the head of the finances.)」という言葉を残している[2]。1942年までは庶民院院内総務もしくは貴族院院内総務も兼ねるのが通例であった。
結局、首相の最大の権限は予算権だということになる。このために、解散権利もあると。適切なソースが見つからないが、ここにおいて戦前の首相は予算で軍を統制できなかった。テロと暴力に屈したのだと。
先日の「戦争まで」と合わせて山本七平を読むと、野党のくだらない質問に答えている現在の日常が平和だと感じられる。