本書は、「英霊の聲」、「憂国」、「十月の菊」の三部の小説を収めている。同時期に発表された「共同幻想論」と前後して読んだせいか、共同幻想、対幻想、個人幻想が見事に表されている印象を持った。
- 作者: 三島由紀夫
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2005/10/05
- メディア: 文庫
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長谷川三千子氏の三島由紀夫論を読んで、まっさきに読みたいと想ったのが本書。期待に違わず、見事!としかいいようがない文学作品としての価値をそれぞれもっている。表題作「英霊の聲」の帰神の会、英霊たちが依り代に語らせる場面は目に浮かぶようだった。日本における個人の幻想と共同の幻想の相克、結晶化とはこういうものなのかと。「憂国」の夫婦のやりとりに真摯さに胸を打たれた。息づかいひとつ、ふとふれあった時の官能まで伝わった。男と女というゲシュタルトの美しさ、対の幻想が共同の幻想と見事に一致する境地とはこういうことなのかと。「十月の菊」はぜひ実際の舞台作品として見てみたい。舞台作品としての起承転結、あさはかな自分の期待がよい意味で裏切られていく。そして、死ぬべき時を失った人間とはいかなるものであるかが見事に描きだされる。
本作品が発表された昭和41年に私は生まれた。この2年後に吉本隆明の「共同幻想論」が発表されている。三島由紀夫の自決が昭和45年、あさま山荘事件が昭和47年。終戦をどのように受け止めるかの試行錯誤の真っ最中に私は育ったはずなのに、まったくその記憶も印象も残っていない。昭和45年の万博はかろうじて記憶にのっているのに、自分で不思議でならない。まさに自分のおいたちに遡る国家と個人の絆がなんであったかを、ようやくこの年になって実感することができた。