なぜ本書がこれまで書かれなかったのか?いまだから書かれ得たのか?戦中世代は分かっていても言葉にならなかったのか?日本国民は本気で本土決戦という死を覚悟していたことを?昭和20年8月15日正午の「生きよ」との詔とは、その覚悟の裏切りであったことを?
- 作者: 長谷川三千子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2014/01/31
- メディア: Kindle版
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ここのところ太平洋戦争、いや大東亜戦争についての本を何冊か読んだ。*1特に終戦をめぐる迷走について理解できなかった。国体の護持とはなんだったのか?まして、終戦の後の日本人の従順さ、「負け犬根性」と私が呼ぶものがなんであったか?
マッカーサー元帥はこう言ったと。
「一つの国、一つの国民が終戦時の日本人ほど徹底的に屈服したことは、歴史上に前例をみない」
ダワーの「敗北を抱きしめて」を読んでも、終戦を生き抜いた方々の話しを聞いても、わからなかった。そう、彼等はわかっていたのだろう。その時の全国民が同じ思いをしたのだから、語る必要すらないと。そこにいない次代の人間には伝わることではないと。
本書の前半で語られる桶谷氏の「昭和精神史」にはこう記されていると。
「八月十五日正午の天皇の降伏宣言は、わたくしにとって、日本の歴史と神話の信仰の崩壊であった。天皇は私にとって死んだ。不滅という観念がみずからを死滅と宣言する異様な出来事だった。」
「あの」吉本隆明ですら、こう書いていると。
「わたしは徹底的に戦争を継続すべきだという激しい考えを抱いていた。死は、すでに勘定に入れてある。年少のまま、自分の生涯が戦火のなかに消えてしまうという考えは、当時、未熟ななりに思考、判断、感情のすべてをあげて内省し分析しつくしたと信じていた。」
戦後、吉本が在籍していた東工大でこういう話しがあったと。
なかで、もっとも感心したのは児玉誉士夫の話で、米軍が日本に侵攻してきた時に日本人はみんな死んでいて焦土にひゅうひゅうと風が吹き渡っているのを見たら連中はどう思っただろう(笑)
吉本ですら全国民の、自分自身の死を覚悟していたのだと伝わる言葉だ。この全国民の覚悟が8月15日で反転したと。死すべき神に裏切られたのだと。三島由紀夫の「英霊の聲」で、二・二六事件の士官たちの「兄神」と、散華した特攻隊員たち「弟神」の声として、この裏切られた恨みを「唱っている」。長谷川三千子氏はここに三島由紀夫自身の声を読み取る。
この小説の最後、第二場「急」の段では、兄神、弟神たちの声が大合唱となり、「などてすめろぎは人間となりたまひし。などてすめろぎは人間となりたまひし」の畳句をかぎりなく繰り返し、そのはてに神主の川崎君が絶命して終る
一方、同じ日に全国民に示された天皇陛下の側の覚悟がまたある。国民の側は初めて聞く天皇陛下の声に天皇陛下のご覚悟を読み取ったのだと。
本書の最後に御製が紹介され幕を閉じる。
爆撃にたおれゆく民の上をおもひ
いくさとめけり身はいかならむとも
身はいかになるともいくさとどめけり
ただたふれゆく民をおもひて
国がらをただ守らんといばら道
すすみゆくともいくさとめけり
海の外の陸に小島にのこる民の
うへやすかれとただいのるなり
これまで三島由紀夫をきちんと読んでこなかった。改めてよくよく取り組む。
1969年、カナダのテレビ局による、三島由紀夫の貴重なインタビュー - YouTube
もう軽口はたたけない。
なんて思考していると、三島由紀夫になっちゃいそうだ。
戦い続けること - HPO機密日誌
まだ終戦のことについて人ごとでいる自分がいる。よくよく学び直すべきだ。
■参照
togetterで本書の一部のぬきがきをつくった。