HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

外観スペースマウンテン

外環道を走った。市川から松戸、三郷に抜けるには飛躍的に時間短縮。成田からみで言えば、北千葉道路が外環道に接続する予定。ますます成田が交通の要衝となる。


外環道

青いLEDがとてもきれいで本当にスペースマウンテンを通っているような気がしてくる。これから通る機会も増えそう。

セルフモチベーションアップの不可能性

高校生と大学生でなにが違うかと言えば、自由のはばの大きさであろう。日本の高校においてほとんどの時間は学校側で決められる。教師から保護者までみな生徒には、時間の使い方、勉強の仕方、部の活動まで規範のイメージを持っていて、生徒側でモチベーションをあげる努力、選択する勇気はあまりいらない。大学生をしていたのは数十年前だし、大学生になった子供達の学生生活にはあまり干渉してこなかったので、現代の大学生がどうかわからないが私の時代の大学生は自分でどう生活を立てるのか、なにを勉強するのか、部活動をどう運営するのかまで、自由と責任の幅が広かった。与えられている自由と責任ではあっても、人の生死まで含めて経験を積むことができた。

hpo.hatenablog.com

部活動以外でも人は死んだ。前日までふざけあっていた同じ学科の女子学生が車の事故でなくなった時は衝撃を受けた。そんなに親しかったわけではないが、いまだに彼女の笑顔、立ち姿は目に浮かぶ。彼女が生きていたらどんな人生を歩んだろうかと時々想像してしまう。

まあ、そんなこんながあってそれなりに大人になったつもりで入った最初の会社ではめちゃくちゃ働けた。すべてが楽しかったので、自分のモチベーションなど気にする必要すらなかった。

バブル世代、新人類と言われた私達の年代だが、仕事には前のめりだった。どれだけ難易度の高い仕事をしているか、どれだけ働いているかを競い合う風があった。

働くということ - HPO機密日誌

転職してはいった二社目では自分のモチベーションが問われた。何度も挫折に挫折を繰り返し、だめかなと思ったことも何度もあった。結局いまもこの二社目の会社に勤めているのだが、自分で自分のモチベーションの源を見いだせるまでは大変だった。

「『己こそ己のよるべ』だ。知識は現代人の防衛機制の鎧にしかならない。ものごとを分裂させることしかできない。感性こそが、ものごとの等質、ものごとの本質のにたところを引き出す。唯我独尊こそが、現代人の防衛機制にひびをいれることができる。母親の愛情こそが、本来の自分を引き出す鍵だ」

「己こそ己のよるべ」 - HPO機密日誌

自分にできるかなと思うような責任、自由にやってこいと送り出されてもどう成果につなげればいいかわからない戸惑い、成果をあげなければ大変なことになってしまうという危機感、こうしたものに人の心は押しつぶされてしまいがちだ。学生時代から、最近に至る自分のモチベーションの源を改めて振り返ってみて、日々いかに自分の心に栄養を与えるかがとても大事だなと気づく。そして、その心の栄養とは自分だけで作り出せるものではない。自分の中から出てくるのは、言い訳や、愚痴や、絶望しか出てこない。ほんのちょっとした一言でも、ほんのちょっとした好意のしぐさでも、他人から心の栄養は与えられる。もちろん、その心の栄養をいただけるためには、自分自身で生活習慣や、人生の生き方の決断という宿題を果たしておかなければならない。

ちょっとした若い人との話しはもちろん、ウェブ界隈に至るまで、現代人はどうしても自分自身のセルフモチベーションばかりを強調しがちだ。リアルな世界のあなたのちょっと隣にいる人に自分から心の栄養をあげられてるか、ちょっと点検するだけで幸福度は高まるし、モチベーションアップになると思うのだが。如何。

収穫逓増の奇跡

「大富裕化」の続き。

hpo.hatenablog.com

「進化は万能」から引用。

進化は万能である──人類・テクノロジー・宇宙の未来 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

進化は万能である──人類・テクノロジー・宇宙の未来 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

世界の人口が20億だったときには飢饉が定期的に襲ってきていたが、人口70億になった現代の世界ではほとんど例がない。リカードの言う1000年前に耕されていたイギリスの畑から得られる小麦の収量でさえ、化学肥料や殺虫剤や品種改良のおかげで、20世紀後半に急増しはじめた。21世紀初めには、産業化が地球上のほとんど隅々まで高い生活水準を広げており、それが永久に欧米の特権のままだろうという大方の悲観的な不安とは正反対の状況になっている。中国は何世紀にもわたって貧困にはまり、何十年ものあいだ恐怖のどん底にあった国だが、突然活気づいて、10億超の国民が世界最大の市場を形成することになった。

まさにここが社会主義共産主義歴史観を持つ人々と自由主義的な考えを持つ人との差になると私には思われてならない。資源や収穫が人口ほど伸びていかないのだとすれば、共産主義思想に裏打ちされた静的な世界観の中で社会的資源や富を全体主義的に分配せざるを得ないとなる。

一方、自由主義者つまりは自らの努力、社会の進化により収穫逓増になると信じる者たちは、全体主義的な統制に対して嫌悪感を覚えるだろう。福祉とは究極的には社会的停滞につながりかねず最低限に抑えるべきであり、貪欲に技術開発や、マーケティングに力を注ぐであろう。

まあ、本書の指摘の通り、たまたまこの二世紀ばかりが幸運だったと未来の人間は思い知ることになるのかもしれない。それでも、私は全体主義よりも自由主義者でいたい。

Game of Thrones Season 4

もうなんか止まらない。

しかし、ハマればはまるほど、現代英語が物語世界でそのまま使われていることが不自然に思われてきてならない。

hpo.hatenablog.com

ここにはギリシア/ローマに相当する古代文化が存在しない。それらしいヴィリリアはほのめかされるが、言葉がギリシア語、ラテン語と全く違う。当然、主な舞台となる七王国、ウェストリアの近傍にフランスに相当する国家も存在しない。

それでも、英語そのものが物語で重要な役割を果たしている。例えば、ある場面である貴族の娘が身分を偽って下女のふりをしている。そこで、"My lord"と話す。それで、下女であれば"Mi lord"と言うはずだと見破られる。"i"は長母音的に中世英語では発音された。"ai"と発音されるようになったのは、この数百年に過ぎない。

"time"は14世紀までは、「ティーム」と発音されていたと。"i"は「イー」という長母音であったと。それが国語化が進むうちに「アイ」と発音されるようになったと。

「英語の謎」読了 :「やわらかい言語」としての英語 - HPO機密日誌

あるいは、「司祭」が"Septon"(セプトン)と呼ばれる。これは七神正教の「7」に由来することは明確だ。そして、英語ではsevenであり、septではない。

Septons are the male clergy of the Faith of the Seven. They preside over religious ceremonies such as weddings. They have taken vows of celibacy, and often take important positions in a noble's household, attending the local septs at castles and keeps. In contrast, female clergy are known as septas. The leader of the Faith of the Seven is known as the High Septon.

「セプトン」とは七神正教の男性聖職者。彼らは結婚式のような宗教的な儀式を主宰する。彼らは独身の誓いを立て、しばしば貴族の家庭で重要な地位を占め、地方の城や砦の聖堂に住む。対照的に、女性聖職者は「セプタ」として知られる。七神正教のリーダーは、司教(ハイセプトン)として知られる。

http://gameofthrones.wikia.com/wiki/Septon

私のような英語圏外の者ですらこういうことが気になるのだから、まして英語圏で言語にこだわる方たちはどう思うだろうかと考えてしまう。

ま、それはそれとして、ひたすらハマっている。

成年後見人制度に関する誤解

なかなか衝撃的だった。もしかすると使う機会もあるかと思っていたが、箸の上げ下ろしまでああだこうだ人から言われるようなら、成年後見人制度は使えない。

toyokeizai.net

老人大国日本の現状からすれば、確かに「利用者」の数は少ない。

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http://www.courts.go.jp/vcms_lf/20180622kkoukengaikyou_h29.pdf

法律が使い勝手がいいように「改正」されたとはいえ、せいぜい親族などが郵便を読めるようになった程度。他は、法的に任命される「嘱託」の許可がなければなにもできないと。

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http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/housei/pdf/190hou21youkou.pdf/$File/190hou21youkou.pdf

逆に年金制度を「悪用」し、親の年金で暮らす家族もいるという。福祉の制度設計は難しい。必ずフリーライダーが現れる。低福祉国家の方が公平だと私が信じるゆえんでもある。とはいえ、今後の生活、仕事の上でよくよく勉強しておかなければならない制度だとは言える。

村上春樹の新作短編が読みたい

ニューズウィークのこのエントリーに大変共鳴した。

www.newsweekjapan.jp

はてぶではこのエントリーに対する意見は正反なかば。

b.hatena.ne.jp

文学のセンスがあまりな私としては、正論など書けるわけがない。もう何年も村上春樹の長編新作を読む気にもなれないのは事実。一時は、相当にはまっていたのに。個人的な元ファンとしては、タイトルの通り読んで後味のいい村上春樹の新作短編が読みたい。最初に読んだのが、「中国行きのスロウ・ボート」。

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)

あのマッチ箱はどこにいまはあるのだろう?なにかよい余韻だけが残っている。