HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

miyakodaさんとドルフィンの山川さん

Greeからmiyakodaさんのお誕生日が近いとメールが来た。もう亡くなられて6年。気がつくと、私も四十代も半ばを超えた。いつのまにか、都田さんのお年を超えているのだろうか?

都田さんのお別れの会で、肩身わけにユーミンの「ミスリム」をいただいた。昨日、「海を見ていた午後」をしみじみ聞いた。

そっか、これは恋に破れた女性がひとり、彼との思い出のレストラン、「ドルフィン」に来て昔を思い出すという歌なんだ、と。恋は、ソーダ水の泡のようにはかなく消えてしまう。思い出しても、向かいの席に彼はいない。

この歌にまでうたわれた「山の手のドルフィン」のオーナーだった山川さんのバーに以前よくおじゃました。白髪で、あごひげをはやした、大柄の豪快な感じのする方だった。山川さん自身はお酒を一滴も飲まなかったが、マティーニは果てしなくおいしかった。お父上の山川惣治さん思い出話しも聞いた。私の愚痴も聞いてもらった。

山川さんの日吉台のドルフィンがなくなってから、バカのひとつ覚えでどこへいっても、ウォッカマティーニを頼む。有名なホテルのバーでも頼んでみた。銀座の古くから続くバーでもトライした。南洋のリゾートのバーでも、グラスから海をすかしてみながらマティーニを楽しんだ。それでも、山川さんのマティーニにはめぐりあえない。