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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

沖縄県民は難民だったのか?

ある沖縄の方から、沖縄が返還された5月15日以前の話しを聴いた。曰く、

沖縄返還の5月15日なので話します。沖縄返還の日まで私たちは難民でした。その証明は、パスポートです。私たち沖縄県民のパスポートは難民弁務官が発行していました。日本のパスポートを見ると、『日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。 』と書いてあります。これを読んだときに涙が出ました。なぜなら、私達のパスポートにはそんなことはひとつも書いてなかったからです」

と。

調べてみた。正確には、パスポートではなく渡航証明書であった。Wikipediaに当時の渡航証明の画像で記録されている。

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琉球列島高等弁務官 - Wikipedia

確かに、返還前の沖縄のパスポートには、「保護条項」が入っていない。「HIGH COMMISSIONER」(高等弁務官)ともある。

高等弁務官アメリカ合衆国大統領の承認を得て、国防長官が現役アメリカ陸軍将官から任命した。高等弁務官の権限は強大で、しばしば琉球政府の施策に介入したが、逆にそれが沖縄住民の反発を買い、復帰運動は激化していった。

琉球列島高等弁務官 - Wikipedia

高等弁務官」はあくまで米軍に所属している。「国連高等難民弁務官」とは全くの別の制度。

沖縄の方からすれば、日本の国のために戦ったにもかかわらず日本の国民ですらないという証明にこの渡航証明書がなってしまったのは、実に残念。自分達が国をもたない「難民」であったと、いまも信じていらっしゃることが沖縄の問題を複雑にしているのかもしれない。