HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

たこつぼはたこつぼを生むのか

なんというか人の組織が再生産されていくさまを目の当たりして言葉を失っている。官僚組織は、そこにいる人間を官僚にしていくし、学術組織は、そこにいる人間を学術人にしていく。しかも、当人は自分は反抗している、自分はここにいるべき人間ではないくらいに想いながらそうなっていくというのだから始末に終えない。

そして、もっと恐ろしいことは、これだけ天国のような国に住みながら、それらの人たちは自分の論理性に従うがあまり、お互いに傷つけあうことしか知らないらしい。なぜなのだろうか?世界は、大衆は、こんなに愛にあふれているのに。「知」というものを真剣に問い直さないとこの国の病は治らないのだろう。

随分前に夏目漱石を読みながら、ふと人の論理性だの、思考だのが出てくる根源にひとつも人は近づけていないことに気づいた。言葉は、人の動いた後から出てくるだけだ。今こうして考えているスピードにも、この思考の根源にも言葉は寄与できていない。それなにに、人は言葉の持つ生を失ったあとの枝にしかすぎない論理性に頼ろうとする。自分の影に追いつこうとしても永久に追いつけないのに。

まあ、これまたお約束の自己触媒反応、自己組織化とかいって説明したくなってしまうのだが、それはまた別の機会にしよう。