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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

古事記の恋

古事記にはラブロマンスが沢山載っている。戯れにあげれば、品陀和気命(ほむだわけのみこと)、応神天皇と宮主矢河枝比売(みやぬしやかえひめ)の出会い。軽島(奈良県橿原市大軽町)に宮を作った応神天皇が、木幡の村(京都府宇治市木幡)に出かけてであった乙女との物語。

木幡の村

分かれ道でであった乙女に、名前を聞き、「翌日寄るからね♡」と約束したと。親はもう大喜びで天皇を迎える準備を万端整えて、盛大な宴会を行う。そこで歌の交換ともなる。その後、二人は寝所にはいっていく。ここまでは親がかりとは言え、恋物語ですばらしいなと。乙女を略奪するのでなく、相手の意思を十分に尊重してから恋いに落ちると。ただし、その結果として子供が生まれる。生まれれば皇族だ。この夜の寝所の交わりで、御子で仁徳天皇と位をゆずりあった菟道稚郎子が産れた。後には、応神天皇と宮主矢河枝比売から仁徳天応の妃となる八田皇女が生まれる。

まさに、「帝紀と本辞とが、国家の行政の根本であり、天子の事業の基礎」と言われるのは、古事記恋物語は戯れの恋のように描かれてはいても、皇統の繋がりは高度に政治的な結果を生む。皇統を正すとは、天皇の一族と各地の有力者との関係を明らかにすることにつながる。皇統、天皇の恋とは、政治そのものである。こう考えると、古事記は政治的には恐ろしい書物ということにもなる。