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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「民主政治読本」を読み始める

尾崎行雄さん、すごすぎる。

尾崎行雄 民主政治読本

尾崎行雄 民主政治読本

今度の戦争を、民主主義と全体主義の戦いとみるのもいいだろう。しかし私は今度の戦争を、立憲思想と封建思想の戦いとみる。自主精神と奴隷根性の戦いとみる。道理と力の争いとみる。そしてらついに、前者が勝って後者が破れたのである。

今度の新憲法をただと思うほど、敗戦に対する認識不足の国民なら、もはやとうてい独立国家を営む資格はない。ただどころか、この憲法は数百万の人の命と、数千億の戦費と、台湾、朝鮮、千島等の領土と、無条件降伏という最大の不名誉を代償にして、やっと手に入れた宝である。

本書を日本国憲法が施行された1947年、昭和22年に発行していること自体偉業といえる。なぜなら、この時点で戦後の日本の発展を確信していらしたから。

この方の演説はすごかったらしい。

さて、その尾崎咢堂の弾劾演説とはどんなものであったか。
時の首相・桂太郎といえばその権勢たるや他にならぶものなし。なにしろ桂内閣の下、日本は日露先生で大国ロシアに勝利を収め、韓国をも併合した。桂太郎は自分こそ日本を救った男であると想っていた。
(中略)
こうして登場したのが立憲政友会の尾崎咢堂です。尾崎は第30回帝国議会の壇上に立ち、弁論をもって桂首相を指弾した。
すなわち、桂首相は「つねに口を開けばただちに忠愛を唱え、あたかも忠君愛国は自分の一手専売のごとく」唱えている。しかし、その実際はどうか。天皇の名の下に、私利私欲の政治を行っているにすぎない。そもそも首相とは、憲法の規定にあるがごとく、天皇の補弼の任にあたるべき人物であるのだから、一挙一動が天皇の手本となるくらいでなければならない。ところおが桂にはそんなところは一つもないではないか。
(中略)
この尾崎の演説が火を点けた形になって、議会の外でも桂内閣打倒運動が行われた。これを見て、桂太郎もついに諦めた。総辞職した後、桂は悶死してしまった。

痛快!憲法学―Amazing study of constitutions & democracy

痛快!憲法学―Amazing study of constitutions & democracy

どんなに立派な憲法でも、それを運用する国民、政治家、官吏次第。よくよくこの「宝」を大切にしたい。あ、ただ、大切にすることと正すべきをただす改憲は矛盾しないと想っている。