HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

アマンと日本

アマンはいつぞやインドネシアを訪れた時からいつかは行きたいと想ってきた。ちょうどよい本を本屋でみつけて読み始めた。まさか、アマンの成立、歴史に日本人がこんなに関係しているとは知らなかった。

そのアマンの誕生の背後に何があったのか。本書はまず、創業者ゼッカの出自と足跡とを綿密な取材で浮き彫りにしていく。一家の没落、ジャーナリストからホテル業への転身、試行錯誤と衝突。ゼッカの栄光や失敗をアジアの戦後史と絡めて描きながら、「遠い」楽園の原点を浮き彫りにしていく。三浦半島の「ミサキハウス」、京都の俵屋……。まさか、身近な「日本」の中に秘密が隠れていたとは。

アマン伝説 山口由美著: 日本経済新聞

鹿島建設の鹿島昭一氏、デヴィ夫人、EIEインターナショナルの高橋治則氏などなど。スモールラグジュアリーというスタイルに至る道には日本人が多くの影響を与え、関係性があったのだと。バブルと揶揄されがちではあるが、日本の70年代から80年代の「繁栄」はアジアにおいて強い影響力があったことを思い起こさせる。それぞれの人物がアマンの「スタイル」ができる過程とどう関わっていたかは本書を読んでいただきたい。

日本とアマンの関係性でいえば、アマンを実質総業したゼッカ氏はそもそも日本にいた。インドネシアの富裕な家族に産まれたゼッカ氏は、文字通り何不自由なく育った。曾野綾子氏の同級生、名倉延子氏がゼッカ家に嫁いで日本語でエッセー*1を残しているという。その中には、ゼッカ氏がホテルに関わることになるラグジュアリーなスタイルの起源の更に起源ともいうべきゼッカ家のライフスタイルが描かれてたという。

en.wikipedia.org

注目したいのは、若き日のゼッカ氏がタイム誌の記者として1951年から2年間東京ですごしたということ。この時に湘南に別荘を借り、ガールフレンドとすごしていたという経験。著者によればこの外国人向け貸別荘、ミサキハウスの風情がアマンの原点だという。

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ミサキハウス
世界のセレブリゾート“アマン”の原点は三浦半島にあった : 湘南国際村 じゃらん

私はここでどうしても思い出してしまうのが「利休にたずねよ」だ。他作品のネタバレになってしまうが、利休の茶の「わびさび」の原点とは若き放蕩の日々に過ごした愛する女との短い破屋での経験だとこの小説、映画の中で描かれている。男にとって若き日々に女と過ごした経験は一生に影を落とすのかも知れない。

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利休にたずねよ

*2

更に、本書では日本の旅館とアマン、スモールラグジュアリーホテルとの「平行進化」について書かれている。京都の俵屋の女将、佐藤年氏とゼッカ氏の対談が行われていると本書で紹介されている。

ゼッカ 人件費やコスト的なことも含めて、俵屋とアマンダリでは条件がまったく違います。訪れる人も俵屋とアマンダリでは求めるものが違うはずです。ですから単純に比較は出来ないはずです。
佐藤 私も考えてみたのです。どこが似ているだろうかと。似ているとすれば、視覚的なものじゃなく、大袈裟にいえば、客をもてなすということに対する哲学が似ているのだと思います。
ゼッカ そうですね。それぞれの国の伝統文化を大切にしつつも、それを現代の空間のなかでうまく活用し、宿泊客に寛ぎの時間を提供する。このコンセプトが似ているのでしょうね

非常にロマンを感じる。更にここで触れられたゼッカ氏の永年の夢だった京都での展開、「アマンニワ」が「アマン京都」として2019年に開業したと聞く。ぜひ訪ねてみたいリゾートだ。残念ながらこの時点ではゼッカ氏はアマンから離れていた。しかし、なんとゼッカ氏が日本の旅館そのものを日本国内で手がけたのだという。

世界的リゾート「アマン」の創始者、エイドリアン・ゼッカさんが広島県生口島(いくちしま)に建てた日本旅館「Azumi Setoda(アズミ セトダ)」を、東洋文化研究者、アレックス・カーさんが訪ねます。
(中略)
1995年、ゼッカさんと京都の老舗旅館「俵屋」の女将・佐藤年さんが、“もてなしの心”について叡智と哲学を披露し合う奇跡的な対談が実現。その企画をコーディネイトした人こそ、カーさんだったのです。

伝説の「アマン」創始者が瀬戸内の島に建てた知られざる日本旅館(婦人画報) - Yahoo!ニュース

ゼッカ氏、アマンリゾートと日本のおもてなしの歴史は長く深い。いつか実際に辿ってみたい。

*1:本書に出てくるゼッカ名倉延子氏の著書、「江戸っ子八十年 嵐の日々も 凪の日も」を探してみたが見つからなかった。唯一見つかったのは、「芸術新潮」に掲載された「SPEAK LOW 母から娘へ櫛づたえ」という記事のみであった。

*2:実は私は映画は観ていても、小説は未読。「利休にたずねよ」 - HPO機密日誌