HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

戦争しないと憲法は書き変えられない?

「戦争まで」の内容を反芻している。平和な日本では憲法は改正できないのかと。

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加藤陽子先生の「戦争まで」に取り上げられていたこのルソーの言葉の逆を取れば、「戦争くらいしないと一国の憲法を書き換えることはできない」ということにる。実際、憲法の成立と戦争は深く関わっている。近代憲法の代表であるフランス憲法は、フランス革命、ナポレオンに始まると私は想っている。フランスでは、絶対王制であった国家を民主主義、共和制に転換するためにあまりに多くの血が流された。それだけでは足りず、ヨーロッパ中を相手にフランスは戦った。

もっと憲法成立の源流をたどれれば英国憲法も在り方は違えど、戦争とは深くからんでいる。マグナカルタ権利の章典と戦争の後、もしくは大きな内乱(Civil War)の後に制定されたと言っていい。日本の明治憲法も、明治維新という内乱を経ることによって初めて成立しえた。いずれも、国民皆兵こそが戦争につよい国の基本であり、そのためには自分の国は自分で守るという意思を保証するために国民の権利が憲法により定められた。内乱を起こさないための約束ごととして憲法が定められた。基本的人権など、自分達が国を守ることによって、見返りに国から保証されているにすぎない。この国と人権との表裏一体の関係はローマ帝国の歴史を見ればあきらかだ。ローマの場合にすごいのは、共和制の時代に領土を拡大し、帝政になってから占領されてしまった土地の民をもローマ市民に組み込んでいったという、人権の拡大の話しなのだが、今回の話しとははずれる。まあ、でも、ローマ法という法の支配があればこそ、ローマ帝国軍は強かったとは言っておきたい。

加藤陽子先生のお話にもどる。長いが引用させていただく。

 戦争のもたらす、いま一つの根源的な作用という問題は、フランスの思想家・ルソーが考え抜いた問題でした。ルソーのこの論文は日本語訳がなかったこともあって、私はつい最近まで知らなかったのです。東大法学部の長谷部恭男先生という憲法学者の本『憲法とは何か (岩波新書)』を読んで、まさに目から鱗が落ちるというほどの驚きと面白さを味わいました。長谷部先生は、この本のなかで、ルソーの「戦争および戦争状態論」という論文に注目して、こういっています。

戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の憲法に対する攻撃、という形をとるのだ

と。

 太平洋戦争の後、アメリカが日本に対して間接統治というかたちで占領する。われわれ日本人は、アメリカによる占領を、「そうか、アメリカは民主主義の先生として、日本にデモクラシーを教えてやる、といった考え方に立ってやって来たのだな」、というようなアメリカ固有の問題として理解してきました。けれども、ルソー先生は、こうした戦争後のアメリカのふるまいを、18世紀に早くもお見通しであったのでした。

 ルソーは、彼が生きていた18世紀までの戦争の経験しかないはずですから、19世紀に起きた南北戦争普仏戦争も、20世紀に起きた第一次世界大戦も、本来、予測不可能だったはずです。けれども、非常に面白いことに、ルソーの述べた問題の根幹は、19世紀の戦争、20世紀の戦争、ました現代の戦争にもぴったり当てはまります。このようなすぐれた洞察を残せたからこそ、今の世にも名を残す哲学者であるわけですが。

the plum: 憲法を書き換えた戦争 [日本とアメリカ]

この意味で言えば、戦後の体制の中で育ってきた大多数の現在の、戦争を経験していない国民では国家原理を定める憲法を根本的に書き換えることはできないと。逆に言えば、加藤陽子先生の日米交渉の分析を読むと、「ああ、この程度の思惑で戦争に突入したのか」とあきれてしまうほどなのだが、それでも戦後に生きる私達としては太平洋戦争を、「欽定憲法を持ち、遅れてきた帝国主義の日本」を「民主主義で平和、領土拡張を求めない日本」に書き換えるためには必要な戦いであったと位置づけるしかない。それしか、「この世界の片隅に」のすずさんの慟哭を受け止めることはできない。

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ということで、戦う決意のない現在の日本人には、憲法のマイナーチェンジ、あまりに恥ずかしい間違いを訂正する程度しか、未来永劫できないのだと諦念してしまった。

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