人生あがきつづけることが大切かと。チャーリーさん、そんなにお若いのにムリに老成するこたぁない。
ウェブ社会の思想―“遍在する私”をどう生きるか (NHKブックス)
- 作者: 鈴木謙介
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2007/05
- メディア: 単行本
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本書はネット社会を語りながらも徹頭徹尾ひとつの問いに徹している。
「自分が選んできた人生は、こういう結末しかありようのなかったものなんだ。けれでも、それでいいんだ。」
ネット社会到来以前はたしかにそこに共同体があった。いや、その残骸であったのかもしれないがまだその拘束性は残っていた。
自我理論における他者の必要性の主張や、リベラル−コミュニタリアン論争の争点は、結局のところ、「私たち」という共同性の認識が、自らの外側に自己の来歴を必要とするか否かという問題に集約することができる。
記憶は個人のものではなく、共同体のものだと。家族の記憶は、自分ひとりでもっているのではなく、家族と共有することによってのみ維持、強化され、価値をもつのだと私も思う。メモリーをなくした人々の生はどこかむなしい。
さて、ここまで来て、なぜももちさんが前回の勉強会で若い参加者たちにメビウスの輪を作らせたかわかった。紙の切れ端に「現在の自分」と書かせ、その裏の反対の端に「なりたい自分」を書く。そのまま輪にしてしまえば、現在の自分は永遠になりたい自分になれない。一端ひねって、つなげば2つの自分は重なってしまう。
つまり偶然以外に外とはつながらない。
だからIT化は、共同体性を保ちながら如何に外とつながるのかに向かう。
その方法がツイスト(ひねり)であり、キアスムであり、その活動がネットワーク化されたものとして広くて薄い紐帯(ウィークタイズ)があるということ。
モモログ|普遍経済学入門―贈与と時間とキアスムと。2009年3月28日桃組春の勉強会資料。
著者は、ここできずなの時間的持続を指摘している。ももちさんも指摘しているように、時間的持続を他者とのかかわりが生成するために必要であるなら、ハイエクまではあと一歩だ。
だから市場には〈欲望〉の縛りが必要なのだし、それをハイエクは「自制的秩序」といったのだろう。その縛りが「贈与共同体」なんだろう。
逆に言えば、鈴木謙介さんの数学的民主主義も、工学的民主主義も、べき乗則の射程範囲内にすぎない。人と人とのつながりを「リンク」として*1とらえてしまえば、"Winner Takes All."の世界がひろがる。山はどこまでも高くなっていく。リンクに載せるべき信頼があるのではないかというのが、「べき乗則とネット信頼通貨」コミュを始めた動機であった。
以前、簡単なシミュレーションをストロガッツのSYNCの蛍のまねをしてつくってみた。
- 作者: スティーヴン・ストロガッツ,蔵本由紀,長尾力
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2005/03/29
- メディア: 単行本
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このモデルにおけるセルを「蛍」とするか、「心臓の筋繊維」とするか、「人」とするか、とらえ方の違いはある。このセルを隣接するセルにのみ信号を送ることができる条件において、シンクロする過程が起こるかを試してみた。起こらなかった。SYNCの説明通りに作ってみたつもりだ。数字の表はみにくいがランダムな数字しか読み取れないことはわかってもらえるだろう。
逆に全体をゆるやかに規制する蛍の光か、神経信号か、あるいは政府を過程してやると、秩序が生まれる。
私はこのシミュレーション以来まったく独立した個人の集団はコミュニティーには決してならないのだと信じるようになった。人がメモリを共有し、集団で生きようと決意するかぎり、個人個人のコミュニケーションだけでは足りない。個人を個人のままにしてしまえば、べき乗則とカオスが生のままでたち現れてしまう。統治する主体がそこにはどうしても必要なのだ。
この意味で、レヴィナスの貨幣論については学ぶだけの価値があるだろう。私は本来貨幣とは人と人との信頼を抽象化したものだと思う。信号がセルの間を行き来するように、個人と個人の信頼が
原動力となって、抽象化された貨幣とものとの交換という形で、社会のはしばしまで流れ続ける限り、一定の調和を作り出すことは可能なのではないかと、これもシミュレーション以来考えている。
鈴木謙介さんにすすめていただいたのがついこの間のような「アメリカの保守とリベラル」。
宿命とはいいたくないが、生成し、死滅することそのものが生物の本質であると気付いたエントリー。
しかし、こう見てみると私の思考などこの数年あまり進歩していない。むしろ文章がわかりにくくなっているだけかもしれない。
この文章、たぶんあとで書きなおす。
*1:数学的にはエッヂというのだろうか