先日から真性引き篭りさんの「こうして誰もがすねにきずもつ時代となる」(いや、不正確だな)という言葉が気になって仕方がない。そもそもすべての人が守れないような倫理基準なり、法律の体系であるなら、法の方でかわらなければならないだろう。
倫理体系の一項、一項、法律の一条一条が、どのような犠牲を払っても守らなければならないとすれば、人は実をうしない、生きていく喜びも、うしなってしまうだろう。
ようは重み付けの問題なのだ。
先日から真性引き篭りさんの「こうして誰もがすねにきずもつ時代となる」(いや、不正確だな)という言葉が気になって仕方がない。そもそもすべての人が守れないような倫理基準なり、法律の体系であるなら、法の方でかわらなければならないだろう。
倫理体系の一項、一項、法律の一条一条が、どのような犠牲を払っても守らなければならないとすれば、人は実をうしない、生きていく喜びも、うしなってしまうだろう。
ようは重み付けの問題なのだ。