HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

取り違えた赤の女王

「赤の女王」仮説とは、進化論上の仮説であり、適応度地形の上でのマラソン競争のことだと思っていた。

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赤の女王仮説(あかのじょおうかせつ、英: Red Queen's Hypothesis)は、進化に関する仮説の一つ。敵対的な関係にある種間での進化的軍拡競走と、生殖における有性生殖の利点という2つの異なる現象に関する説明である。「赤の女王競争」や「赤の女王効果」などとも呼ばれる。

赤の女王仮説 - Wikipedia

マット・リドレーの「赤の女王」を読んでいると、赤の女王が走り続けなければならないのは、進化よりも病原菌など「軍拡競争」の話しだ考えざるを得なくなる。

(病原菌、バクテリア、ウィルスなどの)寄生者と宿主との進化は、密接にからみあっている。寄生者の攻撃が成功すればするほど(より多くの宿主に取り付くにせよ、より多くの資源を個々の宿主から奪い取るにせよ)、宿主の生存のチャンスは、防御法を見つけ出すことができるかどうかにより強くかかわってくる。そして、宿主がうまく防御すればするほど、寄生者はこの防衛体制をかいくぐるよう自然淘汰されていく。どちらかが優勢に立つかは、振り子のように行ったり来たりを繰り返す。どちらか一方に窮状が増せば増すほど、それは、よく戦うようになるだろう。これは、まさに赤の女王の世界である。そこには勝利はなく、一時的な休息があるだけなのだ。

更に、病原菌との「軍拡競争」は免疫システムのように寄生側と宿主側の分子生物学レベルの「鍵と錠前」の攻撃と防御となる。これは、鍵と錠前の数の問題となる。このために、本来数を増すだけながら有利であるはずの無性生殖ではなく、多様な鍵と錠前を生み出す有性生殖が「赤の女王」の軍拡競争には必要なのだという議論となっていく。大変興味深い。

マット・リドレーが本書で指摘するように「進化」と聞くと、単細胞から多細胞、魚から獣、獣から人間というように方向性をもった変化を考えがちだ。だが、現実に赤の女王が走っているのは、方向のないいわば水平方向のかけっこなのだ。どこまで走っても適応道地形の急坂はおろか、同じ場所にとどまるためだけに全速力でかけ続けるという皮肉な生物の現状なのだ。

私達がイメージする突然変異の累積による「進化」という意味では、有性の生殖システムはむしろ突然変異というエラーを訂正する。そりゃそうだ、生殖のたびに2つの性からの遺伝子を紡ぎ合わせ、いわば「答え合わせ」を行うわけだから。個体レベルで起こった突然変異は1/2の確率で抑制されてしまう。

いやはや、本書は置くべからざる良書だ。一気に読んでしまいそうだ。