HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

赤の女王はなぜ近親相姦を禁忌したか?

ちょうど、マット・リドレーの「赤の女王」が佳境に達している時に、近親相姦についてのエントリーがあがっていた。正直、言いたいことはわかるという気持ちになる。

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ただし、この議論には父親からレイプに近い形での娘との近親相姦は除いたほうがいい。現実に、警察などの発表によれば現在でも、このケースは後を絶たない。現在の社会的な近親相姦に対する忌避がなくなれば、家族内の性的な暴力は増えるであろう。これが刑法を超えて、現代社会においても刑法を超えて近親相姦が忌避される背景だとは想う。当然、この議論から除くべきケースに父親=娘関係ように血族内でハラスメントといえるほど優位性と劣勢をもったケースは除くべき。

その上で以下の議論をしたい。まず、ここにコメントした。

成長の上の臨界点があって幼い時から一緒に育った男女は互いに性的魅力を感じない。社会制度的には権力、富の集中を忌避するために近親相関を宗教まで使ってタブーとしたと。

成長の上の臨界点があって幼い時から一緒に育った男女は互いに性的魅力を感じない。社会制度的には権力、富の集中を忌避するために近親相関を宗教まで使ってタブーとしたと。 http://hpo.hatenablog.com/entry/2017/09/09/121425 - hihi01 のコメント / はてなブックマーク

ここで言う「臨界点」とは、例えば生まれたばかりで動物学者、ローレンツにあったハイイロガンの話しだ。ハイイロガンのひなは、生まれてから一定の時期までに目に入った物を親と認識してしまう。しかし、それはごく一時期。逆に、ある特定の時期にテストステロンが分泌されないと、男性になれないなどという臨界期もある。

マット・リドレーによると、あまりに幼い時代から知っている親や、兄弟姉妹に性的な魅力を感じなくなる臨界期もあるという。自分が赤ん坊の時からみてきた家族の裸を見て性的に興奮していたのでは、家族がなりたたないだろう。

幼年時代に非常に親しかった友人同士も結婚しないはずだ。この事実を裏付ける格好の証拠が二種の資料から得られる。イスラエルキブツと中国古来の結婚制度だ。キブツでは血縁関係のない仲間といっしょに託児所で育てられる。終生の友情は培われるものの、キブツの仲間どうしはめったに結婚しない。また台湾では、シンプア結婚と呼ばれる結婚に従う家鶏がるが、それは、女児をあらかじめ決められたいいなずけの家族が育てる制度である。つまり実質的には、いっしょに育った義理の兄弟といずれ結婚するわけだ。もうしたカップルは子どものいないケースが多いが、その原因は主に、パートナーが互いに性的魅力を感じないからである。これとは逆に、別々に育った兄弟姉妹は、適齢期に出会うと、意外なほど恋に陥りやすい。

社会制度的には、レヴィ=ストロースの研究が明らかにしたように私の知る限りの全ての社会、全ての部族社会において複雑な近親相姦に対する忌避制度が存在する。これは、西欧中世のカソリック教会に代表されるように、富が家族内に集中して既存権力を覆す恐れをなくすために作られたのだと指摘されている。

聖職者(廃嫡された末の息子たち)は、教会の富を増す目的で、あるいは自分自身のために財産と称号を奪還することさえも目指して、性の道徳観を操作したのだ。(中略)事実、教会と国家の争いは、富の集中をめぐる争いの数多い歴史的事例の一つにすぎない。長子相続制は、富と一夫多妻の可能性を孫子の代まで損なわずに維持するための最良の手段なのだ。

逆に、カソリック教会の聖職者達の性的な堕落は広く知られているし、古代エジプトのいくつかの王朝においては臣下はすべて近親婚を禁じられていたにも関わらず、王だけは姉妹と結婚する権利を持っていたという。

最初に書いたように、近親相姦、近親婚を社会的に認めることは自立以前の子供たちへの性的虐待につながりかねないので、現代社会においても禁止されるべきだが、「なぜ」と言われればマット・リドレーの答えは蓋然性が非常に高いように私には想われる。