HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

多田英之先生の予言

技術者と科学者の違いは、物をつくるか、ものを観察するかの違いだと、多田先生はおっしゃっている。そして、科学者は技術者でなければ本質を見失うと。ガリレオは技術者として望遠鏡を作ることができたがために、科学者として正確な天体観測を行うことができ、地動説を確信することができた。物づくりの視点から見るとものがよく見えるのだということが、多田先生のご著書を読んで見てよく分かった。

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本書が1999年の出版であることを念頭に置いて以下の引用箇所を読んでいただきたい。

免震ゴムとダンパーを一体型にして、生産効率向上をうたっている免震部材が市場に出回っている。しかし地震国の日本においては、一体型ではその性能が確保できない状況に、少なくとも今のところはある。今の現実的な解析手法から言うと、ダンピングとバネは別項目で処理しないと数学的に解くのは困難である。それゆえ、私は積層ゴムとダンパーの別置き型を開発した。
(中略)
かつて、国内外のメーカーは積層ゴムにタイヤのゴムを流用して使ってた。積層ゴムは何百トン、何千トンの建築物を支え続ける。タイヤ用のゴムは硬度69と硬いから良かろう、と考えたのである。
(中略)
カーボンを増やすと鉄は強くなるが、もろくなる。ゴムも同じで、添加剤によって一つの特性を強めることで、他の特性が損なわれることになる。耐久性を高めるために、何らの添加剤を加えなくても、ゴムはゆうに100年間は持つことは調査、研究によってわかっていた。つまり「もれない」ゴムにすること以上に、何らの添加物を加える必要も、積層ゴムに使用するゴムにはなかった。積層ゴムに支えられた建築物は、文字通り「水に浮かんだ家」なのである。」

事件が起こってから知ったのだが、多田先生のご指摘の通りタイヤのゴム、人造ゴムを使った免震装置の働き方は、天然ゴムのそれと比べると大変複雑であった。建築に関わる仕事をしてはいても、構造についてはあまり詳しくない私にとっても人造ゴム系統の免震と天然ゴムのそれの挙動、必要性能の複雑さは明らかだ。「事件」が起こる15年以上前に多田先生はこの根本的な問題を指摘したいと言える。

2015年3月13日 免震ゴムの性能データ改ざん
国土交通省は、東洋ゴム工業(発覚時は、東洋ゴム化工品に事業が移管されている)が製造・販売した建築物の免震機構に用いられるゴム製部品について、不良品の出荷や性能データの偽装があったと発表。データ偽装が行われていた製品(3種類)は同日付けで大臣認定が取り消された[12]。日本国内の自治体の庁舎・マンション・病院で使用されており、棟数は55に及ぶ[13][14]。これを受けて同社は2015年6月に山本卓司社長らの引責辞任を発表した[15]。

東洋ゴム工業 - Wikipedia

これだけではない、耐震偽装事件についても予言的なことをおっしゃっている。

論理構造だけでどこまでも進むことはできない。今危惧しているのは、確認できないものをコンピューターを駆使し、コンピューターの領域で”確認”して、その結果を実態、非概念と重ねて設計しようという風潮が強まっていることである。原子力の世界もそうだ。建築の社会もその例外ではない。これはゆゆしき問題である。自然との対決、物そのものの実体をあまりに甘く見ることで、近い将来、大きなしっぺ返しを食らうことが心配でならない。

この前にはイールドヒンジという、建築の構造計算において「みなし」的に規定されている理論を批判的に書いていらっしゃる。あまり知られていないかもしれないが、耐震偽装事件、姉歯事件は、コンピューターの構造計算の出力さえ字義的に合っていればよいという姿勢から生まれた。あまりに膨大になる構造計算プログラムの出力の一部を省略できる、図書省略制度を悪用した事件であった。これは、字面さえあっていればという姿勢で、実物の大切さが見失われたことから生まれた悲劇的な事件であったと言える。建築に関わるものとしてそれこそ風化させてはならない教訓としていまも捉えている。

最後に原子力行政。福島第一原発事件が起こった背景を指摘されていると私には思える。

(情報公開を徹底したらパニックが起こると政治家が思う)思い上がり、手抜きが悪い影響をもたらしている顕著な例が原子力行政である。動燃と初めて仕事をしたとき、「原子力分野に免震を導入したい」という話しがあった。それに関して原子力研究所の副所長と夕食を共にした際、「あたな方は、やり方を間違えている」と私は常々抱いていた原子力行政に対する不満を口にした。「原子力は安全だと言うべきではない。ここがこのように、危険である、と言うべきだ。こういうときには、このように対処すると、ひとつひとつ明らかにしていったら、絶対に賛成票の方が多い。反対運動は論拠を失う」原子力行政に対する反対運動の一番の攻め口は「情報を公開せよ」ということ。公開したら原子力推進はダメになるのかーーーー。その反対である。

この先に、更に多田先生の批判の目、技術者としての目は深いところへ向いていく。また書きたい。