HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「小さいおうち」のタキさん(ネタバレあり)

読了して深い印象を持った。Amazonの評者が書くように私にとってはこの作品は「この世界の片隅に」と対をなす、普通の女性の目から見た太平洋戦争頃の生活の話しとなるはずだった。

5つ星のうち 5.0昭和初期の東京市民の生活の完全な再現
投稿者 ymatsui4 投稿日 2010/6/14
形式: ハードカバー
有名な絵本と同じタイトルだが,これは作者一流の仕掛けで,これは昭和5年から19年初めまでの間,東京市西部の坂の上の小さい赤い家の女中奉公の記録と言う体裁をとった歴史小説である.この主人公は小さい家の住人たちであるが,それよりもこの時代の生活感覚の歴史そのものではないか.私はたまたまこの家の恭一君と多分同い年で,やはり東京市西部の小さい家に女中つきで育ったので,一つ一つ思い当たることばかりで,特に 二.二六事件 以後のつるべ落としのような下り坂の不安な感覚は,二度と経験したくない,思い出したくもないものだった.それが殆ど間違いなしに再現されるのを読むのは,辛い仕事である.しかし作者の構想力と筆力は私に読み続けることを強いた.日本の国力は経済封鎖のためもあって,昭和15(1940) 年には既に5年前に比べて取り返す術もなく衰えていた.そこで戦争なのだから,私は子供心にもう駄目だ,と絶望の思いで聞いた.この小説でたった一つの誤りは 1941年12月8日のこの開戦発表の時間で,JOAK は早朝から大本営陸海軍部発表文を流し続けだった.でもここまでの現実感での再現を果すには膨大な史料調査とその整理が必要なはずだが,作者はその方法をプロの歴史家同等に身につけておいでと拝見した.小説は第8章の代わりに最終章が置かれ,これはミステリでの解決編に相当するが,奇想天外の展開に呆然とする.今も呆然としたままだ.愛と死と芸術の織り成す大作,感動した.強く推薦.
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「恭一君」とは、時子奥様の一人息子。タキさんは、まさに「この世界の」すみさんに匹敵するキャラだと思っていた。

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タキさんの一人称の語り口にすっかり引き込まれていた。最終章まで来て本当に全く違う仕掛けが込められていたことに初めて気がついた。これは人を愛する物語なのだと。立場を違っても、戦場に放り込まれても、死に別れてから何年経っていても、人を愛することの重さを表現した小説なのだと。大変、この意味でも共感を覚えた。