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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

日本の神話の三種の神器

「日本神話の源流」を読了して疑問が浮かび上がった。最後まで来て吉田敦彦先生は、日本の神話を師であるデュメジルの三機能仮設に当てはめていらっしゃる。

デュメジルの)この仮説によれば、原印欧語族の社会と宗教および神話は、上位から順に「主権」「戦闘」「その他生産など」の三つに区分され、このイデオロギーが社会階層や神学の主要部分を構成していた、という。それぞれ第一、第二、第三機能 (F1, F2, F3) と呼ばれる。

ジョルジュ・デュメジル - Wikipedia

デュメジルの仮説は印欧語族の中ではその古代の支配形態ともぴったりくる。国の成り立ち、階級社会志向という方向性からも納得できる。

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確かに、この仮説を日本神話にあてはめてみると構図的にはぴったりくるものがある。

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被支配者であるオオクニヌシ国津神の代表格であることは疑問の余地がない。しかし、この仮説に基づけば戦士スサノオは、農耕生産者オオクニヌシの支配者となる。しかし、日本神話では順番は逆で支配者であるはずのスサノオから根の国、大八洲オオクニヌシは譲り受けたことになっている。違和感を感じ、本書で比較されている日本神話と世界の神話を表にしてみた。

日本神話と世界の神話の比較

古事記の記述の順になっている。吉田先生の仮説に従えば、元々の農耕民族=オオクニヌシ国津神の日本が騎馬民族の支配層に支配されたため、古事記のような神話構造になったことになる。しかし、イザナキ、イザナミの国産みからオオゲツヒメと穀物の誕生、アマテラスの岩戸隠れまでは東南アジアポリネシアの神話との共通点が多い。確かに海幸、山幸と類似する神話から騎馬民族、スキタイの神話との細部までの一致が見られるように感じる。

古事記が支配階級のために神話の順番を書き換えているのだと言われればぐうのねも出ないが、この神話の古層から天皇家につながる流れは皇統とも一致するため、日本では古くから信じられてきた。日本書紀とも皇統自体は一致すると聞く。私には古層から新たな支配層の神話へと折り重なったと想える。この疑問は私にはいまのところはらせない。

イザナキ、イザナミ神話と似た話しがマオリにあることは有名。どうしても、マオリには共感してしまう自分がいる。

ニュージーランドマオリ神話に登場する、冥界の女王。名前は「夜(闇)の偉大なヒネ」を意味する。ある日森の神タネ・マフタは人間を創ろうと思い立ち、赤土を使って女性の体をこしらえた。この赤土はタネ・マフタが「父たる空」ランギ・ヌイと「母たる大地」パパ・ツ・ア・ヌクを引き離した時に引きちぎれた腱であり、特別な土だった。こうして生まれた「ヒネ・アフ・オネ(Hine-ahu-one="泥を持ったヒネ"の意)」はタネ・マフタと交わり、「ヒネ・ティタマ(Hine-tītama)」を生んだ。タネ・マフタはヒネ・ティタマとも交わり更に多くの娘が生まれた。ある時自分の夫が自分の父である事を知って愕然としたヒネ・ティタマはたいそう恥じ入り、地下世界に隠遁することを決めた。こうして彼女は冥界「ラロヘンガ(Rarohenga)」の女王であるヒネ・ヌイ・テ・ポとなった。

そもそも「日本神話の源流」に少し違うバージョンがあった。

タネ神はある時配偶者を欲しいと思って、土で女の形を造って命を吹きこみ、これと交わってヒネという娘を生ませ、このヒネが成長するのを待って彼女を自分の妻にした。しかしヒネは自分の夫が実の父親であるのを知って、恥ずかしさのあまり自殺し、地下の国に行き偉大な夜の女神となった。タネは妻の死を悲しみ、後を追って自分も冥界に赴き、つぎつぎに冥府の番人たちのところを通過して、ついにヒネのいる家に行き着き、戸を叩いた。しかしヒネはタネを中に入れず、彼が戸の外から、自分とともに地上に戻ってくれと行って懇願すると、これをにべなくはねつけ、タネに、「あなたは一人で上界に帰り、明るい太陽の光のもとで子孫を養いなさい。わたしは地下の世界にとどまり、彼らを暗黒と死の中に引き下ろすでしょう」と宣言した。タネはそこで、しかたなく、悲しみの歌をくちずさみながら、一人で地上に帰っていった。

どうもいくつかのバージョンが存在するらしい。このマオリ神話と日本の神話の類似性をもって、いずれにせよ、私は国産み神話からアマテラスまでは支配者の神話ではないと考える。