読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

いまさらながら佐伯胖先生の影響を感じる

池谷裕二先生の本を読んでいて、今更ながら自分がブログのエントリーで書き続けたテーマの根底に佐伯胖先生の影響があるのだと自覚した。もちろん、書いている時点ではその時、その時に応じて書いているつもりだった。10年書いてようやくなにを求めていたか自覚した。

単純な脳、複雑な「私」 (ブルーバックス)

単純な脳、複雑な「私」 (ブルーバックス)

池谷先生のこの本は、副題がテーマそのもの。

または、自分を使い回しながら
進化した脳をめぐる
4つの講義

まさに認知科学という「個」の側から進化レベルで研ぎ澄まされた特性が「人間社会」という複雑なネットワークにつながるプロセスを本書は描いている。個のレベルから認識を通して、いかに社会を形成していくかが興味深い。私の求めてやまないテーマだ。「個と集団」という大昔からのテーマでもある。

マット・リドレーの「繁栄」、「徳の起源」では、共感、協力という人間側の要素が人間社会の「繁栄」の元であるということを、人類史において進化心理学、進化社会学的に論じている。では、その共感、協力とはなにか?

本書の中で、池谷先生は脳の一部の部位を電磁気によりマスクすることにより「幽体離脱」の感覚を呼び起こせる話しから、共感性へと議論を進めている。この部位を麻痺させると、自分の身体の動きを他人ごとのように客観的に見えるようになるらしい。この脳の部位は、自分と他人を区別する部位とも関連が深い。

他人の視点から自分を眺めることができないと、僕らは人間的に成長できない。自分の悪いところに気づくのも、嫌な性格を直すのも、あくまで「他人の目から見たら、俺のこういう部分は嫌われるな」と気づいて、はじめて修正できる。だから僕は、幽体離脱の能力は、ヒトの社会性を生むために必要な能力の一部だと考えている。

佐伯先生は、この「幽体離脱」を「小人」といって、認識の基本でもあると論じておられた。

四半世紀前にまだ認知心理学/感覚知覚心理学の学究であったころ、佐伯先生が「認識」を成立させる要因として、「小人をあちこちに飛ばす」という比喩を行っていた。カップひとつとってみても、右から、左から、上から、下から、あるいは昼間に見るのか、夜見るのかでも、網膜に対する物理的な刺激としては全く違う。しかし、私たちが一貫した「カップ」という認識を行えるのは、心的に「小人」を空間や、時間を超えて「飛ばして」さまざまな視点から観察するしたときの認識を得ることができるからだと論じていた。

アダム・スミスはフェアプレイの経済が発展することを「発見」した。 - HPO:機密日誌

佐伯先生のご指摘の通り、本来認知的な必要性から「幽体離脱」=「小人」能力は始まった。それが、実際に仲間はずれにされると脳の中の「痛覚」が刺激されるという。これは、痛みの感覚が社会的な認識レベルに本書の副題、「使い回し」された例であると。佐伯先生の「小人」の使い回しから、社会ははじまったのだ。

「使い回し」という池谷先生のご指摘は、同じ原理、同じ構造、同じ遺伝子を生存のレベル、感覚のレベル、共感のレベル、社会的なレベルで「使い回す」のが進化論的にみても「経済的」であると。これはまさにフラクタルべき乗則的な、構造を予感させる。なにより、社会の複雑性、視野狭窄も同じく人間とサルとが文化した時点にまだ遡る共感性や、「殺人ザル」の本質を「使い回し」していることにつながる。

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

自然の調和とはそもそも殺し合い、食い合うことで成り立っている。野に咲く花も、地を走る獣も、調和が取れているとは、お互いに食べ合っている、殺し合っていることと等価だ。社会化された人間の目から見ればその光景は本質的に暴力的である。しかし、実はヒューマニティなど奇跡であり、幻想にすぎない。生物の本質は、殺人であり、虐殺である。生物が発生して以来、捕食動物が食物連鎖ネットワークを複雑にして以来、サルが互いに殺し合いを始めて以来、人間の種の本質は殺人ザルでしかない。どれだけ高度に文明化され、政治化され、仲間の友情が協調されても、生物としての本質は殺人ザルなのだ。この本質的に暴力的である人間が、その本質である視野狭窄で、自分の利害にのみ敏いままで、この文明、政治、仲間の友情を保てていることの方が奇跡なのだ。本書で述べられている全ての例は、裏を返せば人間社会の根底がいかに危ういものかを示している。

アダム・スミスはフェアプレイの経済が発展することを「発見」した。 - HPO:機密日誌

自分の中で四半世紀、いや30年前に触れた佐伯先生の認知科学から、殺人ザルまで一気につながった。

なお、本書で「好き」になることもいかに単純で、生理的・身体的な反応が先かという話しが出てくるが、私の佐伯先生好きもごくごく単純。認知科学から社会につながる話しも考えてみれば、佐伯先生のお話が原点だし、いまだにPythonにトライし続けているのも、佐伯先生の「Lispで学ぶ認知心理学」が原点だ。

LISPで学ぶ認知心理学 (1) 学習

LISPで学ぶ認知心理学 (1) 学習