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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

人間の本質はいまだに殺人ザル

だんだん、「殺人ザルはいかに経済に目覚めたか」という刺激的なタイトルは原題の「The Company of Strangers(他人同士の協力)」よりも本質を突いているのではないかと考えが変わってきた。

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

自然の調和とはそもそも殺し合い、食い合うことで成り立っている。野に咲く花も、地を走る獣も、調和が取れているとは、お互いに食べ合っている、殺し合っていることと等価だ。社会化された人間の目から見ればその光景は本質的に暴力的である。しかし、実はヒューマニティなど奇跡であり、幻想にすぎない。生物の本質は、殺人であり、虐殺である。生物が発生して以来、捕食動物が食物連鎖ネットワークを複雑にして以来、サルが互いに殺し合いを始めて以来、人間の種の本質は殺人ザルでしかない。どれだけ高度に文明化され、政治化され、仲間の友情が協調されても、生物としての本質は殺人ザルなのだ。この本質的に暴力的である人間が、その本質である視野狭窄で、自分の利害にのみ敏いままで、この文明、政治、仲間の友情を保てていることの方が奇跡なのだ。本書で述べられている全ての例は、裏を返せば人間社会の根底がいかに危ういものかを示している。

何度この結論に達したかことか!

自分のブログのエントリーをぐぐってみた。

本書の分析によれば、「スタンフォード監獄実験」において学生に囚人と看守を演じさせる実験が制御不能になったのは、狩猟採取の時代から、人は近くの人に大きな影響を受け、まねをするようにプログラムされているためだという。このために、反倫理的で長期にわたる集団秩序の維持とは矛盾する行動でも、周囲の人が行っているのを見ると影響され、簡単に受け入れ、自ら実行するようになるのだという。

人は人の欲しがるものを欲しがる。ゆえに、ボスニアでは7000人が処刑され、ルワンダでは100万人が虐殺された。 - HPO:機密日誌

ポリネシアの島々でも、中国と東南アジアでも、アフリカでも、一方の民族の進出は他方の民族の滅亡を意味する。狩猟採集民は農耕民族からすれば、不要に広い面積を占有していることになる。また、動物と共棲しているために病原菌の脅威にいつもさらされているため、耐久力のある者がけが生き残っている。現代の鳥ウィルスがそうだ。戦いだけでなく、ヨーロッパ人の持ち込んだ病原菌でインカ人は何十万人も死に、文化のまとまりをもった民族としては滅び去った。

人類の歴史は虐殺の歴史 - HPO:機密日誌

子どもたちはタンパク質不足で腹が膨れ上がり、汚染された水によって本来なら予防できる赤痢に苦しむ。屋内の煤煙のために予防可能な肺炎で咳をする子、治療可能なエイズで衰弱してゆく子、罹らずに済んだはずのマラリアで身を震わせる子がいる。乾燥した土で作った小屋、トタン屋根のスラム、味気のないコンクリートのビルに住み暮らす人がいる(西側のアフリカも含めて)。書物を読んだり医師に診てもらったりする機会に一生恵まれない人もいる。機関銃を抱えた少年や、身を売る少女がいる。

立ち向かうべきはなにか? - HPO:機密日誌

一方は、人類史をゼロサムゲームとしてとらえ、虐殺と略奪の歴史とみる。他方は、非ゼロサムゲームとしてとらえ、人類史を比較優位の原理に従った交易と富の拡大とみる。

人類は、相互の違いのために、土地を取り合い、資源を取り合い、殺し合う道を歩んだととらえたのがジャレド・ダイアモンドの見方。

人類は、相互の違いを生かして、生産物を交換し合い、製品を交換し合うことで、交易による比較優位で繁栄してきたととらえるのがマット・リドレーの見方。

人類の歴史は、ゼロサム・ゲームか?非ゼロサム・ゲームか? - HPO:機密日誌

本書は、非平衡系の物理学的な知見と人の社会を比べることにより、なぜ金持ちはますます金持ちになるかとか、なぜ平和であったルワンダボスニアのスタジアムで大虐殺が起こったかを説明している。

人は人の欲しがるものを欲しがる。ゆえに、ボスニアでは7000人が処刑され、ルワンダでは100万人が虐殺された。 - HPO:機密日誌

ブラックスワンの現れる前後のまさに物語の了解というか、人は未来を予測できなさ性というか、そういう問題意識がベースにあります。そこには、タレブの経験した平和だったレバノンが内戦状態になってしまった顛末と、自身の癌を克服した経験ががあり、彼に深い洞察を与えているようです。

ブラックスワンと安冨先生の二つの創発 - HPO:機密日誌

ああ、なんという虐殺の歴史、光景だろうか。人類の本質は交易と平和と繁栄にあるのではなく、視野狭窄と戦争と虐殺に彩られている。

私はあまりかしこくないので、すぐに忘れてしまう。人間の本質はすこしはましになったと何度も思い込んでしまう。だから、何度も同じことを「再発見」せざるを得ない。

人間の本質が暴力であり、虐殺であるという認識は何度「再発見」しても鮮烈だ。