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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

中曽根康弘と渡辺恒雄

先日、中曽根さんとネベツネさんのご縁の始まりは初入閣の時だとおっしゃる方と会った。なんでもナベツネさんは駆け出しの記者時代から某大物政治家の家に入り込む努力をし、その中で大野伴睦さんから相当な信頼を得たのだと。ここには書かないが、どんな努力だったか聞いたがちょっとすごい。そして、その結果、大野伴睦さんから「若いので入閣させるには誰がいいか」と相談されてナベツネさんが推薦したのが中曽根さんだと。

中曽根とは1957年の自民党総裁選の最中に出会った。渡邉は、初入閣を望む中曽根と副総裁の大野伴睦との仲を取り持った。大野は造船疑獄の際に、自らを追及した中曽根を快く思っていなかったが、渡邉の執り成しによって態度を変え、入閣を確約した。1982年の総裁選の時には、渡邉は中曽根擁立のため、田中角栄の秘書早坂茂三に引き合わせ働きかけた。

渡邉恒雄 - Wikipedia

中曽根さんの初入閣とは、1959年。

第2次岸改造内閣において、渡邊恒雄を介して大野伴睦の支持を受け、科学技術庁長官として初入閣。

中曽根康弘 - Wikipedia

で、なんで中曽根さんの初入閣が大事かというと、子供の頃大好きだったSFマガジン発刊に科学技術庁長官として言葉を寄せているから。

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SFマガジン創刊号 ( 読書 ) - 秘密基地 - Yahoo!ブログ

他にもいろいろ聞いたがよくよく調べてからまた書くかも。