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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「ちなみに僧きたりて」

正法眼蔵現成公案の最後の段。ここには師と弟子の関係、悟る瞬間が描かれている。

麻谷山宝徹禅師 おふぎをつかふ
ちなみに 僧きたりてとふ
「風性常住 無処不周なり
なにをもてか さらに和尚 おふぎをつかふ」
師いはく
「なんぢただ風性常住をしれりとも
いまだところとして いたらず といふことなき
道理をしらず」と
僧いはく
「いかならんか これ無処不周底の道理」
ときに師おふぎをつかふのみなり
僧礼拝す
仏法の証験 正伝の活路 それかくのごとし

現成公案: HPO:個人的な意見 ココログ版

まさに卒啄同時の場面だ。しかし、本当に卒啄同時の場面であるなら、「麻谷山宝徹禅師 おふぎをつかふ。ちなみに僧きたりて『おふぎをつかふ』」の二行でいい。「僧きたりて『礼拝す』」でもよい。それを十行以上を使って、師が弟子を悟らそうとする瞬間が描かれている。ここに師が弟子をなんとしても悟らせてやろうという情を見いてしてしまうのは、野狐禅であろうか。見るべき、絶対となるべきは課題の方であることは、よくわかるのだが。