読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

間主観性と垣根涼介

垣根涼介にはまりまくっている。

あとで書き足せれば足すが、垣根作品の多くが多くの視点から語られている。たとえば、「サウダージ」のDDと関根。関根の視点から語られるのは、案外まともな恋愛。まあ、多少女の尻にひかれてはいるが。これがアキの目から見ると、まったくのヤンキーカップルとして描写される。

この視点の移動、主観と主観の間にこそ垣根涼介の書きたい姿がある。ひとつの視点、ひとつの主観だけでは本当の姿は現れない。立体を見るときに、自分の視点を動かして初めて立体の形を認識できるように、複数の視点で語らせて本当の世界を描写できる。ここの辺が、垣根涼介の賢いところだと私は想う。

わかりやすく言えば、「相互主観性」です。
ドイツのフッサールの用語。
複数の主観の間で共通に成り立つこと。
事物などの客観性を基礎づけるものとされます。
共同主観性とも言います。

【至急】【50枚】 「間主観性」とはどういうことですか? なるべくわかりやすく... - Yahoo!知恵袋

複数の始点の不気味さを語ったシーンで印象的だったのは、サイバーパンクの古典、「ニューロマンサー」のケイスが自分自身をネットごしに眺めたら、情けない中年男だったというところなどがある。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

あるいは「告白」も視点の違いを非常にうまくと取り込んだ作品だった。

告白 【DVD特別価格版】 [DVD]

告白 【DVD特別価格版】 [DVD]