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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「怒濤のごとく」

実業家、菊池寛実さんの伝記。本当に怒濤のような人生だったらしい。七転び八起きそのもの。事業家というものは、それでも最後に「起」れればよしとするしかない。

怒濤のごとく―菊池寛実の不屈の生涯

怒濤のごとく―菊池寛実の不屈の生涯

明治大正昭和の激動の時代を駆け抜けた人生であった。中学生にしてこれからは肉食だと豚を飼っては退学処分を受け、石炭事業に手を染めて一旦は大成功を収めるものの赤化した労働争議に巻き込まれ倒産を経験、最晩年には好意から手伝った鉄道事業で疑獄事件に巻き込まれと波瀾万丈。それでも、この方は転ぶ度に起き上がってきた。というか、激動であったからこそ、乱世であったからこそ、菊池寛実さんの持ち味が生きたのだろう。

少しウェブで探してみたが、なかなか記事が少ない。兜町界隈の方のエントリーを発見した。大分、本書とはイメージが違う。

(石炭事業が破産してしまって)「いずれは必ず迎えに来る」と妻に云い聞かせ、ひとり放浪の旅に出て死に場所を探したそうだがとても死に切れず高野山に登りやり直す決意を固め修行僧として北陸・越後・秋田の東北路をボロ衣一枚を着て物乞いの托鉢の旅に出たのだ。


人家の軒先で経を読み米や僅かなお金を貰う乞食僧に落ちぶれて仕舞った菊池は寺を持たない乞食坊主の哀れな姿。一時でも大金を掴み調子に乗った時からは想像に絶する惨めにさ経験した者でなければこの心境は到底理解は出来ないのではないだろうか。しばし己を失いかけた事は何回も何回もあったと本人は語っていた様だ。この路上の生活5年間は絶する苦しみを味わったのだ。所が昭和恐慌を抜けだす満州事変の戦雲が立ちはじめて来たのを見て「戦争は本職の石炭取引のビジネスチャンスが到来」と立ちあがったのだ。

これだけの地獄を味わっても再起して、戦後の三代富豪と呼ばれるまでになったのだからたいした人物だと改めて想う。